2019年02月03日

ブレインスポッティング 勉強会 名古屋会場に参加

ブレインスポッティング 勉強会

2019年2月3日(日)
時間 9:15-11:45 (9:00開場)

会場 東京芸術劇場(東京)/フォレスト会議室(名古屋)

講師 鈴木孝信
ファシリテーター 鈴木孝信(東京)/西田正憲(名古屋)

定員 30名
参加費 2000円
主催 BTI-J




ズームというオンラインを使う、ブレインスポッティングの勉強会に参加した。
新幹線名古屋駅の西にある、名古屋会場。
チサンマンション第3名古屋ビル  904号室。

グーグルのマップは分かりにくい。
今日も迷ってなんとか、定刻までに会場に着いた。
ファシリテーターの西田先生の顔を見てほっとした。

前回のオンラインでの勉強会は自宅で参加した。
自宅で参加するのは、さびしい。やはり、仲間と勉強する方がずっといい。

ブレインスポッティングは、相談室において、
クリニックにおいても、よく使う心理療法である。

広場恐怖のクライエントに適用して、一つ一つの不安・恐怖場面のSUDが見事に下がった例があった。クライエントさんに喜んでいただいた。

また、親の不適切な養育のために、苦しんだ方の場合(瑞穂CBT相談室のHPの「お客様の声」で紹介)、「全5回で20年間苦しんだことから、こんなに早く解放されるの?」という感想を頂いた。

このようにうまく行く場合もあります。しかし、短期に解決しない場合もあります。

解離障害の重い方の場合、セクハラを受けた場合など、年単位の必要がある場合もあります。
「石橋を叩いて渡る」、「まかぬ種は生えぬ」ということわざがあります。

この2つの諺に尽きると思います。
「慎重さ」と「何もしないではよい結果は得られない」

色々な工夫が必要になります。こんなときには、やはり他の人の考え方、鈴木孝信先生のアドバイスが役に立ちます。

やはり一人で実践していては、井の中の蛙だと思います。打開できないと思います。
勉強会はそのためにあります。

今日は、2時間にわたって、自由に質問が出来ました。鈴木先生も同じ体験をしておられると思いました。

東京会場と青森の方、名古屋会場との実践交流が出来ました。

鈴木孝信先生の実践例の紹介、質問に対する鈴木先生の提案を聞けることが出来ました。こんな機会は貴重でした。

脳科学、共感、作業同盟、関係性、BSPに取り組もうというクライエントの意欲などに着目した講義でした。

まだまだ、勉強していかなければいけないことが多くあります。

心理教育、マインドフルネス、安定化などの使える手は、使ってクライエントの気持ちに沿いながら進めていく事になります。


4月21日(日)は、名古屋会場・金山駅の都市センターで、
BTI-J主催で、
共感のワークショップが、9時〜17時までの予定で行われます。



posted by 花井英男 at 17:26| ブレインスポッティング(BSP)

松井秀喜 ベースボールの神様に抱かれて 作家伊集院静の見つめた1年 2003

NHKスペシャル
松井秀喜 ベースボールの神様に抱かれて

作家 伊集院静の見つめた1年 2003

2019年2月3日 1:50~3:00


アナウンサー高橋美鈴と作家伊集院静の対談をいれながら、松井秀喜の10年間のニューヨークヤンキーズの活躍をふり返った。

松井秀喜は人間的にできた人物だという印象を持っていた。
巨人への入団の時から、ヤンキーズ退団に至るまで、エピソードを紹介した。
映像の中で、伊集院が注目して、紹介したことは、松井は「人の悪口を決して言わない」ということだった。
このことに、伊集院が注目したこともユニークだ。

伊集院が、松井自身に,
このことを確認した。
松井は、「はい、私は人の悪口は言いません」と答えた。


ヤンキーズのファンの子どもたちは、どんな子達かを紹介もした。
それは、内気な子どもたち。
本人がしゃべれなくて、母親が代弁した。子どもが、母親に、松井を見に、スタジアムに連れて行ってほしいとせがまれて、ヤーキースタジアムに来たという。
その子供たちは、多くは、内気な子だという。

子どもたちは、松井の姿を見て、感じとった。

これに関係して、日本でいじめられている子どもへのメッセージを松井が書いたことも、紹介した。
松井は、このような子どもへの配慮を持つ人。

野球選手には、スランプの時が必ずある。松井もスランプの時があった。
打てなかった時期が続いた。


新聞が松井の不振を書きたてた。松井も落ち込んでいた。厳しい批判を新聞に書いた。

しかし、守備をすばらしい活躍をした。
トーリー監督は、松井を呼んで、話した。
「君を休ませようと思ったが、打順を7番にした。守備でガンバってくれ。チームバッティングをしてくれるし、頑張ってくれ」

この言葉を聞いて、松井は吹っ切れた。松井はスランプを脱出した。

アメリカンシリーズで3対3で迎えた、最終戦のレッドソックス戦で、3点差で負けていた時、松井の打順にまわてきた。
松井のヒットで同点に追いついた。次の打者が、ホームランを打ち、松井がホームインした時、松井が跳び上がった映像を映した。
感情表現をしない松井の珍しい場面。
何度も何度もこの場面を映した。


2009年、ワールドシリーズでヤンキーズは念願の優勝を果たした。
この年、松井はヤンキーズを退団した。
球場の売り子たちは、誰も、松井の人柄は、modestyだという。謙虚さ。

伊集院静は、「松井には、努力と謙虚さがある」という。
アメリカの球場に観戦に行った、伊集院静は、松井との対談を何度もした。
親しい間柄のようだ。

平成の30年間に約50人の日本の野球選手がアメリカに渡ったという。
子どもにも、大人にも、夢を与えてくれる選手が出てくることを期待します。
いい番組だった。


posted by 花井英男 at 15:51| 野球

2019年01月26日

堀尾一郎のイコン ガラス絵イコンの国「ルーマニアの旅」展

堀尾一郎のイコン

硝子絵イコンの国

「ルーマニアの旅展」


ギャラリートークとコンサート

自然と歴史と芸術をテーマに

馬場駿吉 俳人・美術表論家 (前名古屋ボストン美術館館長)

堀尾一郎 画家・二科会評議員

石田 薫 フルート・オカリナ 奏者

平野明美 フルート・篠笛 奏者

日時: 2019年1月26日(土)14時~15時30分

場所: 電気文化会館 5階 ギャラリー西

地下鉄:伏見駅


家内と土曜日の午後出かけた。会場はすでに50人以上満席であった。立ち見をしていたら、係の方が、椅子を持ってきてくれた。100名以上の参加者だった。お祝いに、お菓子を持参した。

ギャラリートークの感想をアットランダムに書きます。

会場に到着後、すぐに二人の女性のフルート演奏が始まった。
演奏の後、堀尾先生が、演奏者の紹介をした。

堀尾先生のトークが始まった。
分かりやすい言葉を使って、話をされた。
念願であった、ガラス絵の発祥地であるルーマニアに
30年の念願がかなった。

そもそも、ガラス絵は、北川民次から若い時に教えられた。北川民次宅でのガラス絵の画集との出会いであった。

私が約16年前、スクールカウンセラーとして、県立一宮工業高校に赴任して以来の知り合いである。堀尾先生は、教育相談担当であった。先生の美術準備室によく訪ねた。すでに硝子絵に取り組んでいた。先生は、ガラス絵の本職だった。

まだ新米のSCであった私に鋭い質問をしてきたことを覚えている。
先生の絵は、ほれ込んで買った。
私の瑞穂CBT相談室のホームページの中の、4つの頁、

相談申込みの頁

料金の頁

プライバシーの頁

心理療法の頁に

堀尾一郎先生の絵が載っております。

毎年、電気文化会館のギャラリーでの展覧会は楽しみである。

今年の作品は次のとおりである。

水彩画の大作 8点

水彩画  25点

ガラス絵(ルーマニアの風景)  13点

花のガラス絵シリーズ  8点

ガラス絵・聖母子のシリーズ   12点

ガラス絵 小品  13点

ガラス絵 大作  6点


さてギャラリートークに戻る。

ルーマニアは、100年変わらず、同じ生活をしている。水道はなく、井戸から水をくみ上げ、田園地帯が広がっている。東ヨーロッパの風景だという。
その田園地帯を思わせる作品に描かれ、淡い緑色の絵が、会場には沢山かかっていた。

馬場駿吉先生のトークの一部。
耳鼻科のドクター、医学博士。12年間名古屋ボストン美術館の館長。名古屋ボストン美術館は20年の契約が昨年切れ、なくなった。俳人。
愛知県立芸術大学で、油画専攻科の客員教授。
難しい言葉は一切使わないで、ニコニコしながら、話をされた。
戦後の自分の生い立ちを話された。名古屋の白川公園の近くの開業医の家に生まれ、戦争中に、一宮市のはずれ(岐阜県境)の近くに引っ越してそこで育った。オヤジが俳句をしていたので、俳句に親しんだ。

俳句は、桑原武夫の第二芸術論が出たが、考え方が間違っている。
俳句は、銅版画に似ている。
或いは、俳句は、この会場に出ている絵画作品に似ている。

ほんの一瞬の場面を絵は表している。俳句もそうだ。

若い時、銅版画の作家と親しくした。
句集に当時新進の作家の挿絵をお願いして入れた。

二人のトークの合間の音楽演奏は、泉のようなものだ。ポピュラーな曲をやっていた。

津軽のふるさと

故郷

桜  など

堀尾先生のトーク。
馬場先生のトークに引き続いて話された。
明日(2,019年1月27日(日))NHKの日曜日美術館で、今年は、北川民次没後30年で、番組に出演するために、一宮の堀尾先生のアトリエで3時間もかけて、録画撮影がなされた。NHKの放送では、3分位しか放送されないだろうから、ここで話しておきたい。

堀尾先生は、二科会の中で、北川民次と親しくされた。メキシコに行くとき、「どこを見てくればいいですか」と、民次に尋ねた。「神の作った物を見てきなさい。人工のものは見なくて良い。」と答えた。

法律とか、人工のものはどうでもよい。この言葉の重さ。
感覚の大切さを強調した。

巨大な組織の中の権謀術数の中で、戦争に協力しなかった画家を集めて、官に対抗して、東郷青児が二科会を作り、会長を務めた。そのあと、自由と民主主義を守る立場を、民次は引き継ぎ、会長になったが、7か月で会長をやめた。

民次は革命後のメキシコに滞在した。
メキシコのインディオ達の歴史、壁画運動の思想を北川民次は影響を受けている。

その民主主義を守る立場を堀尾一郎も引き継いでいる。


posted by 花井英男 at 21:20| 文学・芸術