2019年12月05日

正岡子規の人生

正岡子規の人生


正岡子規の病気と闘った人生を扱った番組を見た。
正岡子規(1867年- 1902年)は、35歳で亡くなった。死を迎えるまでの約7年間は結核を患っていた。脊椎カリエスだった。
私が注目したのは、病気を抱えて生きながら、楽しく生きようと努力をしていた姿です。

連日、激しい痛みに苦しんだ子規は、キレイな金魚を見たり、新聞を読んだりして、気を紛らわせ、痛みを軽減させていた。

俳句を作ることも痛みの軽減の一つだった。きれいな花を見ることもした。
この些細な方法が、大事だと思った。

子規の残した貴重な日記などから読み解いていった。一見「気のせい」にも思える対処法だが、実は医学的に理にかなっていることがわかってきた。

子規は病気にも関わらず「健康」だった。今、「健康」の定義が世界的に見直されつつある。
番組では、WHOのICF(国際生活機能分類)の考え方を紹介した。健康状態を、@心身機能、A活動、B社会参加の3つの観点から見る。

これは、心身の障害、病気を抱えていても、活動、社会参加ができるという考え方だ。子規は、蕪村忌に、自宅に集まった四十余人の友人、文人たちと交流を楽しんだ。

風呂吹や一切れづつや四十人(ふろふきやひときれづつやしじゅうにん)

子規の世話を妹と母がしていた。二人の献身的な世話により、病弱な子規は、俳句を作る文学活動をした。沢山の友人たちが訪れた。ずいぶん、社会参加をしていた。


子規の、痛みと付き合う方法を紹介すると同時に、痛みと付き合う方法を番組が紹介していた。

痛みの研究で知られている、愛知医科大学の痛みセンターのドクターが、出演していた。

昔から、知られている「イタイノ、イタイノ、トンデイケー」はそれなりに効果があるということ。

もう一つ、痛いところにタッチすること。原始的な方法です。

私たちは、病気を抱えた家族と過ごさなければいけない場合もある。老いて、若い時ほど元気に過ごせないこともあるかもしれない。

最近、次々と友人、知人、親しい人が亡くなっていく中で生きている。何とか楽しいを見つけて生きている。親しくしてくれる人に感謝でいっぱいです。支えられていると思う。

子規の人生を見習いたいと思う。

子規の辞世の句 「糸瓜咲て痰のつまりし仏かな」(へちまさいてたんのつまりしほとけかな)



NHKBSプレミアム
偉人たちの健康診断
「正岡子規〜痛い痛いの飛んでいけ」
出演
関根勤,カンニング竹山,杉田かおる
坪内稔典,井上真輔,植田美津恵
司会
渡邊あゆみ





posted by 花井英男 at 14:24| 文学・芸術

2019年11月29日

フランシスコ・ローマ教皇のメッセージ

フランシスコ・ローマ教皇のメッセージ


フランシスコ・ローマ教皇が私たちに残したものは何か。

人々の暮らしや国際関係、地球を破壊しかねない、地球温暖化、核兵器、原子力発電にどう向き合い、「いのち中心」の社会をいかに作り出すかということ。

 教皇は来日のテーマに「すべてのいのちを守るため」を掲げた。

 長崎と広島から発信したメッセージで、核兵器の脅威から守るべき対象とされたのは人命だ。


井出留美 さん:食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)は、ローマ教皇からのメッセージを2つ紹介している。

"A third of the food produced globally is discarded and whenever food is thrown out it is as if it is stolen from the table of the poor."
出典:ローマ教皇からのメッセージ
(世界の食料生産のうち、3分の1が捨てられています。食べ物を捨てることは、貧しい人々の食卓から食べ物を盗むのと同じことです)


今回のローマ教皇が残したメッセージの中には、地球に住む人々が一つの家族だと思う必要性を訴えるものもある。
"We need to strengthen the conviction that we are one single human family."
出典:ローマ教皇のメッセージ
(私たちは一つの家族だという信念を、より一層強く持たなければなりません)






posted by 花井英男 at 11:49| 戦争・平和

焼き場に立つ少年

焼き場に立つ少年


ローマ教皇が感動した、「焼き場に立つ少年」の写真の撮影者の息子が、教皇に対面した。
長崎新聞の報道によると、ローマ教皇と対面した「焼き場に立つ少年」の撮影者の息子が、ローマ教皇に「父も喜んでいる」と伝えた。

長崎新聞の報道は次の通り。


 爆心地公園では、核廃絶を訴えた教皇フランシスコの傍らに「焼き場に立つ少年」の写真パネルが置かれた。撮影者の元米従軍カメラマン、故ジョー・オダネルさんの息子タイグさん(50)は米国から駆けつけ、同公園で教皇と対面。

「父は教皇の平和メッセージを非常に喜んでいると思う」と、原爆の非人道性を告発する写真を残した父に思いをはせた。


 タイグさんによると、「父の写真を使っていただき誠にありがとうございます」と教皇に伝えた。教皇は「使わせていただきありがとう」と語り、タイグさんに記念のメダルを手渡した。


 教皇は写真に「戦争がもたらすもの」との言葉を付けて広めるように指示した。タイグさんは「教皇の影響力で以前にも増して平和のメッセージが広がっている」と感謝した。


 タイグさんは写真を見た時、被写体の少年が背負っている幼子について「寝ている」と感じたが、ジョーさんは「亡くなっている」と説明したという。


 「もし少年が生きていれば『原爆を落としてごめんなさい』と言葉を掛けると思う」というタイグさん。「核兵器のない世界が現実になるように祈る」と父の願いをかみしめた。




posted by 花井英男 at 10:37| 戦争・平和