2020年06月15日

「発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療」を読んで

「発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療」を読んで

「発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療」  

杉山登志郎  誠信書房

2019年  1800円


この本の内容は、杉山登志郎先生が名市大の医学部の講堂で、東海EMDRの勉強会において、講演された内容である。

母親とか父親が精神疾患、精神不安定、発達障害などの事情で、子どもの養育が適切にできない場合がある。否定的な発言ばかりを子どもに日常的にぶつける親がいる。このような環境の中で、子どもは成長していく過程で正常に発達できないと思われる。情緒的にも認知の面でも、ゆがんで成長していく。

母親、父親が精神障害とか疾患を持っていなくても、「正常」と思われている場合も、「強迫性障害」の疑いのある場合がある。世の中に、いわゆる「正常」と思われる人でも、子どもに、いつも一貫して、否定的な発言をしてしまう方がいる。

このような状況の中で、子どもは親に同調しなければ、自分の安全を保てないので、親と同一化してしまう。このほうが楽である。親とおなじ考え方、感じ方になってしまう。子どもは、親の発言を正しいと思い、生きている。しかし、自分を否定する人格が自分の中に出来上がり、死にたいと思う気持ちが出てくる。楽な生き方ができない状態になる。トラウマの中で生きている。


職場においても、上司とか、同僚などにそのような人がいる。変わったひとだなあと、後で思い出す人がいる。 若い職員に、「半殺しにするぞ」と言う上司とか先輩の人がいるという世の中だ。これはほんの一例に過ぎない。

杉山登志郎先生によれば、精神科医はこのような虐待についての治療に関心がない。虐待を受けて育った子どもの施設に非常勤の心理士しか雇っていないという事情が、こういう子どもへの姿勢の表れだと指摘する。現在は、正規の職員が雇われる状況になってきたが。

臨床心理士についても同じことがいえる。このような虐待とか、不登校に関して、全く知識がないとか、無関心な人がなんと多いことか。「不登校は治らない」と中学校の保護者の講演会で発言している人もいる。


「あとがき」で、杉山登志郎先生は、次のように書いている。「トラウマをめぐる症例のあまりの多さに反して、その治療がいきわたっておらず、誤診や誤った治療があまりにも多見されるからである。」


杉山先生、「安全で有効なトラウマ処理の方法について、この数年、試行錯誤を繰り返してきた」と述べる。
講演会で熱弁を振るわれたのを思い出す。この本では、先生が独自に開発された技法を丁寧に説明している。それだけに読みガイがあった。あの時、先生は、「EMDR学会には、その技法を報告するように言われている」と言われたのを覚えている。


今回、この本を読んでいて先生のご努力に敬意を表したいと思います。




posted by 花井英男 at 22:03| 日記

2020年05月31日

サード・プレイスの必要性

NHKマイあさラジオ
2020年5月31日 6時台後半

サンデーエッセー: 高坂勝

サード・プレイスの必要性:高坂勝   NPO法人理事



日曜日の朝、気持ちよく目覚めて、NHKラジオの放送を聞いていた。
「サード・プレイスの必要性」という題の、高坂勝さんの話に感心した。「サード・プレイス」という言葉は、初めて聞いた。引きこもりの青年に対する支援の具体的な話に目の覚めるような感動を覚えた。


 今、世の中に、40代から64歳までの、引きこもりの人口が、60万人。39歳までのひきこもりが、54万人、と言われる世の中だ。大学を出て就職して、理不尽な処遇にあって社会復帰出来ない人が増えている。小中学校時代に、不登校から引きこもりになる人もいる。


今日の放送ではコメ作りの作業に参加した、20代から引きこもりだったが、30代半ばで、社会復帰した青年の話を紹介した。
高坂さんがしている「コメ作り」に参加した、ひきこもりの青年が自分の人生を歩き始めた。



この青年について事情を書きます。
エピソードを上手に私は記述できないことをお許し下さい。高校時代から30代までひきこもりだった。彼は、「コメ作り」に参加し、一人でせっせと草むしりをしていた。ある時、稲刈りの後、台風が来て「コメ作り」に来ていた、ボランティアの人たちが、仕事の都合で、みな帰ってしまった。


一方、作業の手伝いに続けて参加していた青年に、お礼のメールが殺到した。さらに、はさかけの手伝いにも続けて、この青年が参加していた。そのとき高坂さんが「仕事あるんだけど、やってみない?」と声をかけた。

「やってみたいです」と答えたので。そのまま会社を紹介することになった。青年を連れて行ったときに、会社の担当者が、「履歴書を出してくれない?」といった。すると彼は、「履歴書、書けないです」といった。よく、担当者から、「この空白期間、何してた?」と聞かれるのが怖かった。この空白期間に皆苦しんでいる。


会社の担当者が、その場で空気を察して、「大事なのは、過去でない。未来だよ」と言ってくれた。彼は、この会社には働き続けている。
このように引きこもりの青年に対して、配慮(合理的配慮)をしてくれるところはどれくらいあるだろう。


高坂さんが、この青年を風呂に誘ったら、「オレ、銭湯とか人間が怖いです」といった。一緒にふろに入ったとき、「オレ、何度も死にたい、消えたいと思った」といった。


さて、「サード・プレイス」について。社会学の用語。
“ファースト・プレイス”をその人の自宅で生活を営む場所、
“セカンド・プレイス”は職場、おそらくその人が最も長く時間を過ごす場所。
“サード・プレイス”はコミュニティライフの“アンカー”ともなるべきところで、より創造的な交流が生まれる場所。

アメリカの社会学者レイ・オルデンバーグは、
以下のような場所を、真のサード・プレイスの特徴を備えているという。


無料あるいは安い
食事や飲料が提供されている
アクセスがしやすい、歩いていけるような場所
習慣的に集まってくる
フレンドリーで心地良い
古い友人も新しい友人も見つかるようなところ


高坂勝さんのプロフィール:
「僕が26歳の時に会社員を辞めた理由はシンプルです。性格的に会社員という働き方が絶望的に合っていなかったこれにつきます。」さらに、

「これからの時代に必須なのが「個人で稼ぐ力」。スキルさえ身につければ今は在宅で収入を得る方法にあふれています。そのノウハウを分かりやすく紹介します。」とブログに書いている。


今朝の放送で、高坂さんの引きこもりの青年に対するすばらしい支援の話に感謝します。また、「サード・プレイスの必要性」を実践を通じて話してくれたことに感謝します。



高坂勝さんは、「そ−さぷろじぇくと」は、地方移住とサード・プレイスを進めている。

SOSA Projectとは?
千葉県匝瑳(そうさ)市の「アルカディアの里」を中心に、
都市山村交流を通じての農作業や里山活動をしています。


その目的は、
地域住民の方々と一体となって仕事を創り、Iターンを増やし、
地域のお役に立つこと。
その手始めとして、
都市住民の自給へのニーズに応えるため、
“ マイ田んぼ ” や “ マイ畑 ” を斡旋提供し、
冬水田んぼ(冬期湛水不耕起栽培)の米作などに取り組んできました。






posted by 花井英男 at 16:49| 教育

2020年05月24日

記憶と向き合うー作家・柳美里と福島の高校生

目撃 !にっぽん「記憶と向き合うー作家・柳美里と福島の高校生」

2020年5月24日 NHK BS1 8:00pm


BS番組を見ていて、この番組を見てしまった。最後まで見ていて、涙が出てきた。

番組内容


福島第1原発から、30キロ。3年前に開校した、福島県立ふたば未来高校の演劇部が、9月17日、新作を上演した。脚本と演出は、柳美里さん。

舞台づくりのもとにしたのは、生徒たちの震災当時の記憶。故郷の思い出。災害の時の生徒達のとるに足らないと思い、語ってこなかった個人的な記憶を、柳美里さんと皆の前で、話すことによって引き出し、一人一人の思い出のモノローグからなる演劇作品を作ることになった。

福島の遠い問題が、自分と関係のないと思っていたこと、知らないとおもっていたこと、懸命に生きる子供たちの思いに感動した。

柳美里の活躍


柳美里の福島での活躍は、新設高校の校歌を作成したエピソードをこのブログで紹介した。

柳美里は、27年南相馬市へ移住した。福島の人の思いを受け止めるには、移住しかないと思ったという。

30年4月自宅を改装し、書店を開店した。演劇活動はその店頭から始まった。書店を訪れたふたば未来学園(福島県広場町)の演劇部員が、柳美里に「一度けいこを見てください」と依頼したことから始まった。


同校を訪れ、この子らと戯曲ができると、自ら上演を申し入れた。震災当時、小学2~4年生だった演劇部員、一人一人から、丁寧に話を聞き、セリフを作っていった。内に秘めた記憶がよみがえり泣き出す子もいた。彼らしか語れない言葉を水路として演劇が必要であると思ったと、柳美里は語る。




posted by 花井英男 at 21:54| 文学・芸術