2018年12月16日

松尾敏男展  松坂屋美術館

松尾敏男展

2018年12月15日(土)

松坂屋美術館 

地下鉄 矢場町

松尾敏男という、名前を聞画家の展覧会を家内と見に行った。

経歴を見ると、1926年3月9日 - 2016年8月4日、日本画家、日本芸術院会員、日本美術院理事長。多摩美術大学元教授。

すごい経歴の人だ。

私は田淵俊夫などが好きだ。



興味がわいた。


入口の絵から見始めると、抽象画から始まった。

難しい。これは苦手だ。

堅山南風に40年間師事したという。

小学校時代から、絵を描くの好きだった。入選し、中学校でも入選した。
高校卒業し、本格的に、堅山南風に学んだ。


初期の抽象的な作品は、入選した。

ある時期から、抽象画を脱した。ボタンの絵など見て分かる絵だ。

分かりやすい花の絵だ。


「翠園」(すいえんと呼ぶのか)というタイトルの絵。2001年作。衆議院蔵。

紫と白のしょうぶの花の絵。



途中で、生涯と作品をビデオ解説のところで一服した。

長崎県出身で、3歳の時に東京に引っ越した。長崎出身であることを名誉にしていると。

眺めの良いホテルの部屋から、長崎の坂の多い街を眺めて絵を描く場面が出た。

細かく、本当に細かく、隅々まで長崎の街と遠くの山を描いていた。すごいと思った。

それを全部、うすい何色か言い難いが、その色で消してしまい、真っ黒に近い色にしてしまった。


驚いた。


どうするんだろうと思った。出来上がった絵は、長崎の夜景だ。

そのほとんど真っ黒に塗った画面に、灯りを示す、黄色の小さな点を付けた。


人々の住む街。人の心を表そうとしたという。

ほのぼのとした夜景だ。



帰りは、屏風の絵の作品のポストカードを1枚買った。


中日ビルの洋服店に、購入したズボンを引き取りに行った。

2階のサンモリッツで昼食をとった。ここで食事をするのも最後かもしれない。

中日カルチャーセンターの講座の後は、数人でここにきて、お茶をすることにしていた。

今度の久屋中日ビルには、喫茶店がない。

地下1階は、もう閉店にした店が多くなった。寂しくなった。











posted by 花井英男 at 08:42| 文学・芸術

2018年12月09日

AEDP JAPAN ワークショップ 大阪

AEDPJAPAN ワークショップ

日時:2018年12月8日(土) 11:00〜17:00

主催  AEDP JAPAN

会場:TKP大阪本町カンファレンスセンター3Fホール
大阪 D I C ビル

大阪メトロ御堂筋線 本町駅 12番出口


発表者

花川ゆう子
臨床心理学博士、ニューヨーク州認定サイコセラピスト
米国AEDP研究所ファカルティ、ニューヨーク・マンハッタンにて個人開業。


杉原保史
京都大学学生総合支援センター、センター長(教授)。PH.D.
AEDPセラピスト



福島哲夫
大妻女子大学人間関係学部・同大学院人間文化研究科教授。
AEDPセラピスト





当日のプログラム

11:00〜13:40

花川ゆう子

講演&デモセッション

休憩

13:40〜14:20



討論&質疑応答


14:20〜17:00
花川ゆう子


杉原保史

福島哲夫

クライエント役(臨床心理士)


AEDPとは、HPによれば次の通りです。


「The Transforming Power of Affect (邦題「感情の変容力」)の作者であるダイアナ•フォーシャにより生み出されたAEDPは、多くの分野にルーツを持ち、またそれらと共鳴しています。その中には愛着理論、感情神経科学、身体アプローチ、そして変容に関する諸研究などがあります。」

次の言葉に刺激を受け、ワークショップに参加しました。



「AEDPの精神を表すのに次の言葉がぴったりきます。私たちは私たちの患者さんたちが ー そして自分たちも ー 傷ついたところで強くなることを助けること。

トラウマや、喪失や、人間の関わりの限界の痛々しい余波に対して心の作業をすることで、私たちは常に強く、絶対傷つくことのなかった心の場所を発見するのです。」



AEDPは、英語で、Accelerated Experiential Dynamic Psychologyの略。

日本語で、「加速化体験力動療法」と訳す。


AEDP創始者ダイアナ・フォーシャの本、

「人を育む愛着と感情の力」(福村出版)

の日本語翻訳本が出版された。

HPから、人物像を引用すると次の通り。

フォーシャ博士は、ニューヨーク市にあるニューヨーク大学およびセント・ルークス・ルーズベルト医療センターの精神医学・心理学部における教員を務める。広く講義を行うと共に、ワークショップ、遠距離講座、集中トレーニングを国内、およびヨーロッパ、アジア、北米、南米、そして中東といった海外でも行っている。また、彼女の愛するニューヨーク市においては、指導、スーパーヴィジョン、そして個人開業とともに、AEDPのスーパーヴィジョングループも時々行っている。彼女の英雄には、チャールズ・ダーウィン、D.W.ウィニコット、ウィリアム・ジェームズ、そしてパティ・スミスがいる。


詳しくは、AEDPジャパンのHPを見られたい。


ワークショップに参加しての感想


参加者は、ホールに一杯の、140名参加。隣の青年は、地元の大阪からの参加者。
周囲で聞こえる声から、関西の訛りが聞こえる。


地下鉄「本町」駅から出て、すぐの所に、DICビルがあったのに、反対の方向に、歩いて、道に迷い、30分遅れて、会場に到着した。


名古屋でも、TKPビルでの研修会場で迷った。この時は、電話をして会場の場所は、すぐに分かった。やはり、電話番号を調べておくなど準備が必要だ。


トラウマ関連のカウンセリングでは、このAEDPのカウンセリングでは、バックグラウンド、情報聴取なしで、会った瞬間から、始まる。オープンさとつながりを大切にする。


遅刻して入っていったが、話の内容に吸い込まれた。

バックグラウンドには、愛着理論、感情神経科学、身体アプローチ、変容に関する、諸研究などがある。

話の内容は、実践的ですぐに使える内容ばかりだ。
杉原哲史先生が、コンパッション・フォーカス・セラピー(CFT)に共鳴していると言っていた。

AEDPJAPANのHPからも少し引用したい。

「AEDPは、癒し志向で、病理ベースではない。

他者に見詰められ、知られ、認められる深い願望に動かされ、人間は他者とつながりたいという皆に共通する根本的な人間的ニーズを分かち持っています。
以下省略。」


話を聞いていて、実践的だ。

いいワークショップだった。


ただ一人参加者の中に、岩国市から来たTさん(EMDR療法,USPT療法の知り合い)がいて、ゆっくりと話をすることが出来た。いろいろと情報を有難うございました。



posted by 花井英男 at 12:35| 心理療法

2018年12月04日

杉原千畝広場(すぎはらちうねひろば)を訪ねて

杉原千畝広場(すぎはらちうねひろば)を訪ねて

センポ・スギハラ・メモリアル


12月4日(火)、天候もよいので、母校・県立瑞陵高校(瑞穂区北原町9)の杉原千畝広場を訪ねた。

杉原千畝の紹介について、ウィキペディアから引用します。

「杉原 千畝(すぎはら ちうね、1900年(明治33年)1月1日 - 1986年(昭和61年)7月31日)は日本の元国家公務員(外交官)。

第二次世界大戦中、リトアニアのカウナス領事館に赴任していた杉原は、ナチス・ドイツの迫害によりポーランド等欧州各地から逃れてきた難民たちの窮状に同情。1940年7月から8月にかけて、外務省からの訓令に反して、大量のビザ(通過査証)を発給し、およそ6,000人にのぼる避難民を救ったことで知られる。その避難民の多くが、ユダヤ人系であった。」

杉原千畝は、愛知県の第5中学校・現 愛知県立瑞陵高校の出身であるということで、2018年秋に、杉原の功績をを讃えて、母校・県立瑞陵高校に、杉原千畝広場・センポ スギハラ メモリアルが開設された。

十数人の人たちが来ていた。正門の西側にこの施設はある。生徒用の入り口とは別に入口がある。


始めの所から掲示板を読んでいたら、知り合いの尾鍋さんから、挨拶をされた。ちょうど瑞穂区年金者組合のメンバーが、今日は、史跡めぐりを始めた所だった。
一緒に写真撮影に入るように誘われた。パンフッレットを頂いた。彼も私も瑞陵出身。


施設案内があり、4部構成になっている。
Aは、決断と希望、

Bは、運命のビザ、

Cは、杉原千畝の生涯、

Dは、歴史と継承。


中央に、杉原氏が、ユダヤ人家族(夫婦と子ども)にビザを渡す、ブロンズ像


開館記念の日に、同窓生の成田君に行こうと誘われたが、「すぐ近くだから、家の近くだから、いつでも行けるから」と断った。後から、しまった行けばよかったと思った。その資料は、それ以後は見られない。


見学者は次から次へと来場した。資料は余りにも多すぎて、読むのにエネルギーが、いる。又、来ればいいと思い、簡単に見ることにした。

東京(日本政府・外務省)からはビザの発給は断れと言われたが、どうしてこれが断れようかと、戦後、日本に帰国した、杉原は、フジテレビの質問に答えている。

杉原が発行したとされる、2000通以上の通過ビザの現物のコピーが展示されていた。ナチスヒトラーに追われて、命からがら、助けを求めて、列を作って沢山のユダヤ人たちが、領事館の前に並んだという。

自由にお取りくださいということで、A4のパンフレットが置いてあった。


ふと、私は、沖縄での辺野古のことが浮かんだ。沖縄の人たちは、今、辺野古に基地を作らせない闘いをしている。もう沖縄には、基地はいらない。安倍は、アメリカの言いなりになって、トランプのご機嫌取りの政治をしている。どこまで日本人を苦しめるのかと、いつも静かな怒りを持っている。

北朝鮮は、韓国の大統領の計らいで、仲良くなろうとしている。東アジアの平和は、希望が見えてきた。このような情勢の中で、東アジアの平和に貢献する時が来ている。軍事緊張は減りつつある。減らしていかなければいけない。

安倍は、東アジアの平和を創ろうとせずに、壊そうとしている。北朝鮮に圧力を加えよう、制裁を加えようとしている。率先して、北朝鮮と仲直りをしようという気持ちがない。韓国の大統領が、困難な仕事をしていると思う。

今までの北朝鮮と仲直りをするわけだから、相当な時間が必要になるだろう。それを手助けするのが日本の役割ではないか。安倍は、妨害こそすれ、支援はしない。沖縄は、東アジアの軍事の要の役割をしてきた。

このようなときに、沖縄を軍事基地の要としての役割は、終止符を打つべきだ。今まで、北朝鮮があるから、米軍基地は必要だ、という考えだった。これからは、日米の安保体制は、経済的にも。軍事的にも、平和の方向に向けていかなければいけない。

そのようなときに、沖縄の基地負担は、もうごめんだと言う意思表示を、沖縄県民がした。新しい沖縄県知事に前衆院議員の玉城デニー氏が選ばれた。前回知事選の翁長 雄志氏の得票を上回り、復帰後の知事選では過去最多得票での勝利である。

沖縄の米軍基地は、撤去すべきだ。辺野古の施設は作らない。作る必要はない。

現職知事在任中に亡くなった、翁長雄志知事は、市議、県議、那覇市長時代、自民党だった。自民党の幹部だった。それが革新に志を変えた。保守から革新に志を変える政治家は結構いる。


外国人材の法律にしても、給料も、待遇も、一人前に扱わない。ひどい人権侵害をしてきた。安倍の暴走政治には毎日、怒りを抱えている人は多いと思う。良心的な保守の政治家の出現を望んでいる。

安倍首相は、1機150億円の米国製戦闘機F35を最大100機追加購入することを検討しいる。トランプ大統領は、11月30日、アルゼンチンのブエノスアイレスで、安倍首相と会談。「日本がF35など米戦闘機を大量に購入することを高く評価する」と語り、大歓迎した。


日本はすでに、F35を42機導入することを決定している。F35はエンジンなど多数の欠陥で開発が長びいている。しかし、米政府監査院は、F35には、「966件の技術的問題点が見つかった」とする報告書を発表した。開発はさらに遅れ、価格も高騰する見込みです。

福祉予算を削り、軍事費を増大させる安倍政権は一刻も早く退陣してもらいたいと思う。










posted by 花井英男 at 12:17| 戦争・平和