2022年02月21日

葉っぱ切りアーチスト  りとさん

葉っぱ切り アーティスト  りとさん
徹子の部屋に出演


2022年2月21日昼食後、徹子の部屋を見た。徹子の部屋に出る芸能人のことを知るのが楽しみだ。人生の歩みを振り返ることが多い。

番組の紹介文をによれば、次の通りです。
「これまで絵の勉強はしたことはなく、芸術家志望でもなかったリトさん。大学を卒業後、一般企業に就職。

ここで、仕事が覚えられなかったり、順序立てて事が進められなかったり…と困難に直面した。そんな自身に苦悩する中、発達障害というものを初めて知り、病院へ。

「ADHD」という診断だった。会社を辞め「生き方」に悩み、試行錯誤する中で行き着いたのが「葉っぱの切り絵」だと語る。スタジオでも美しい作品を多数紹介する。」

りとさんは、大学商学部を卒業後、会社に就職した。大学時代まで、人間関係などで問題は起きなかった。会社で同じミスを何度も繰り返した。人間関係もおかしくなった。発達障害とわかった。

ADHDの診断を40台になて初めて知る人もいる。注意が持続しないタイプだった。だのに、集中力のいる、葉っぱ切アーチストになったのだ。相反することではないか。自分が関心を持つことには、集中的に注意が持続できるのだと考えられる。

 作品を紹介した。小さな葉っぱの中に、細かい絵を沢山、切っている。物語もある。
絵の勉強をしたことはなく、芸術家志望でもなかったが、動物たちをモチーフに、日常のワンシーンを1枚の葉に刻んだ作品には、一つ一つに心温まる物語が込められている。

 作品を見ていると、感心する。

 横浜市西区のそごう横浜店で5日から、葉っぱ切り絵アーティスト・リトさん(35)の作品展が始まる。地元の横浜では初の作品展で、みなとみらいや横浜中華街をモチーフにした切り絵もお披露目される。11日まで。


 本名は橋本賢治さん。小学3年生から横浜市保土ヶ谷区で暮らしている。幼い頃から一つの物事に集中し、のめり込む特徴があり、細かいブロック玩具やジグソーパズルがお気に入りだった、という。

 若者の職業的自立を支援する市の「若者サポートステーション」に通っていたとき、講座で出された課題用紙の隅っこに、小さなイラストの落書きをした。

 ふと、大きな紙にイラストを描いて細かく色を塗り分ければ、ちょっとした作品になるかも――と思いつき、家に帰ってやってみた。これが、アートの道に進むきっかけとなった。

 SNSで絵を発表しながら、新鮮さも求めて試行錯誤。20年1月頃、ネット上でスペインのアーティストが手掛けた葉っぱの切り絵に出会った。「これは面白い」。その日のうちに葉っぱを拾いに出かけ、夜には作品を完成させた。

 1日1枚の制作を続け、SNSに載せる。こつこつと続けるうちに、海外メディアの目にも留まり、世界中の人たちに知ってもらえるようになった。

 2年の制作活動で、技術も作品もレベルアップしている。サンゴジュやアイビーなど様々な植物の葉っぱを使い、枯れないよう加工したうえで下絵を描き、1本のデザインナイフで切り抜いていく。

 葉っぱのキャンバスに、かわいらしい動物たちの優しい世界などが表現されていて、見る人の心をほっこり温かくする。

「思い切って活動の場を変えたことが成功につながった」。リトさんはそう振り返り、「合わない場所で頑張っている人も多いと思う。自分の能力の長短を考えて、勇気をもって場所を変えることは悪いことじゃない」と笑顔で語った。

以上の紹介の文章は、ネット上の文章を紹介したものです。

  健闘を祈ります。

 発達障害とわかってからの道は険しい。これから就職活動をしていくとき、オープンで行くか、クローズで行くか、考えなくてはいけない。クローズで行けば、賃金が大きく下がる。障碍者雇用だから。オープンで行けば、失敗するのではないか、一か八か、かけなければいけない。険しいのだ。緊張する。

 ジョブコーチという制度がある。ジョブコーチという人たちがいる。大変な仕事だと思います。うまくいけばいいが。
 支援の道は開かれているが、必ずしもうまくいくとは限らない。こういう制度が切り開かれたことは結構なことである。この制度が、充実していくことが求められます。
 










posted by 花井英男 at 14:25| 発達障害

2022年02月05日

「こころの時代」「裏も表も我が人生

NHKの「こころの時代」「裏も表も我が人生」
後藤文雄神父の人生

「ごっちゃん」という、東京吉祥寺のカトリックの神父の91年の人生を紹介する番組を見た。神父としての最後のミサを紹介した。良寛の俳句をもじって、俳句を紹介した。飄々としている。

「ごっちゃん」は、後藤文雄という名前、ここからくる。神父というイメージからは、想像できないイメージ。良寛さんと同じ新潟の生まれ。

 新潟長岡の浄土真宗の寺に生まれ、軍国少年として育ち、戦争で、母を失った。川の中で横たわっていた、匂いのする、母の死体をリヤカーで運んだ。母がなくなって、父が若い後妻を迎えた。父との衝突。東京へ出た。お寺の子として生まれたので、僧侶になるように育てられた。

 敗戦直後、上野で見た戦災孤児の姿に衝撃を受け、神父になった。洗礼を受けた時に、神父から、神父にならないかと言われた。

 聖書の言葉は全く出てこない。全く気張らない、偉そうに振舞わない、気さくなおじさんという感じ。聖書の言葉を話すわけでもない。

 NHKの番組紹介記事を引用します。

 「敗戦直後、上野で見た戦災孤児の姿に衝撃を受け、神父になった。その後、カンボジア難民の子供の里親となり、14人を育て、さらにカンボジア全土に19の学校を建設した。教育が平和と未来を作り上げる、と語る後藤の取り組みと、コロナ禍で自身の行く先を深く考える姿を見つめる。」

 カンボジアの戦争孤児たちには、教育が必要であると思い、学校を建設した。カンボジアの学校の映像を紹介した。子どもたちの前で、「ぞうさん、ぞうさん、お鼻が長いのね」の歌を歌う。

 カンボジアの子どもを沢山、里子として育てた。神父という仕事があるのに、よくもこんなことができたものだ。普通、神父としての仕事が精いっぱいだろう。カンボジアの子どもの里親を募集したが、誰も引き受け手が出なかった。自分がやろうと決意した。

 カンボジアの子供が学校で、「カンボジアから逃げてきたんだろう、カンボジアに帰れ」といういじめを受けた。

 すぐに学校に行って、担任の先生に話をして、ポルポトのことを話して、子どもに事情を説明してほしいと、頼んだ。先生が親切に対応してくれた、というエピソードも。


 後藤神父が、このような人がなかなかしないことをするバックボーンは何だろうか。
 出てきた言葉は、ヴィクトール・フランクルの著書「夜と霧」の3つの言葉、「創造的価値」、「体験的価値」、「態度的価値」だった。

 フランクルによれば人間が実現できる価値は創造価値、体験価値、態度価値の3つに分類される。

 創造価値とは、人間が行動したり何かを作ったりすることで実現される価値である。仕事をしたり、芸術作品を創作したりすることがこれに当たる。後藤神父がカンボジアで学校建設に貢献したのは、学校建設という創造的価値を作り出したこと。

 体験価値とは、人間が何かを体験することで実現される価値である。芸術を鑑賞したり、自然の美しさを体験したり、あるいは人を愛したりすることでこの価値は実現される。
後藤神父が、14人のカンボジアの子どもたちを育てたというのは、体験的価値だ。

 態度価値とは、人間が運命を受け止める態度によって実現される価値である。彼は、91歳になり、老いという向かい風に会い、日々衰えを感じる。これを運命として受け止めるしかない。

 この番組を見ていて、生きる勇気、もっと頑張ろうという気持ちがわいてきた。

  後藤文雄の本がネット上に出ていた。

 「今 ここに: 『十五歳の巡礼』を歩き終えたら」、

 「よし!学校をつくろう――神父ゴッちゃんの履歴書」、

 「カンボジア発ともに生きる世界―里子を育て支援を広げる神父の目から」










posted by 花井英男 at 15:55| 宗教

2022年02月01日

マカフィーを装った脅しの画面

マカフィーを装った脅しの画面


ここ1,2週間、パソコンの初期の画面に「ウィルスが検出されました。マカフィーの期限切れです。」という画面が出る。「今契約すれば、7割引きで契約できます」という画面が出る。

そもそもマカフィーと契約したことはない。おかしいなと思い、契約しているコミュファに電話して、「セキュリティが安全である」ということを聞きました。

そういう画面が出るということを聞き、ほっとけばいい、と知りました。






posted by 花井英男 at 11:41| 日記