2018年01月06日

マインフルネスの効用

マインドフルネスの効用



マインドフルネスは、誰でもできる簡単な呼吸法である。
辛い感情に悩まされる人にも、健康な身体の人にも、健康な心身を作るために適用できる。


NHKの「サイエンスゼロ」という番組で、マインドフルネスを紹介した。


熊野宏昭先生(認知・行動療法学会前理事長・早稲田大学教授)が、実演を指導して、マインドフルネスを、

スタジオで数分間、デモンストレーションをして、司会の竹内薫,南沢奈央に実際に試してもらって、その感想を聞いた。


南沢奈央は2−3分、実施しただけで、「心が落ち着きますね」、「不思議な感じがしますね」と言った。
どんな人がやっても、少し穏やかな気持ちになれる。

私は、熊野先生の、認知・行動療法学会での、ACT・アクセプタンス&コミットメントセラピーの講義の中で、
マインドフルネスについて、何度も講義を受けた。日本のマインドフルネス研究者の一人だ。


今や、カウンセリングの従事しているカウンセラーで、マインドフルネスを実施していない人はない。

マインドフルネスは、短時間で実行できる。「3分間呼吸法」といってもよい。

マインドフルネスの効果を脳科学の分野から、明らかになっていることを紹介した。
ストレスに関係する、海馬と扁桃体の量の変化について、次のように報告した。

マインドフルネスをすると、海馬が大きくなり、扁桃体が小さくなる。この量の変化はいい傾向だと言う。
アメリカの大学の研究者が、脳の画像の変化を見せた。

また、悪さをする遺伝子の活動が下がる。その結果、
慢性の肥満、癌、老化、動脈硬化を防ぐ効果があると報告した。

熊野先生は、マインドフルネスに近い、活動として、公園の散歩を公園のいろんなものを感じながら歩くこと、

お茶、お花の活動の、感じている時間がそれに相当するという。
考えている時間ではない。

短時間の番組であったが、有益な番組であった。


以下に、番組のホームページを紹介します。


2017年1月6日(土)
NHKEテレ
午後0時30分〜 午後1時00分
サイエンスZERO


「新・瞑(めい)想法 “マインドフルネス”で脳を改善!」


今、めい想が大ブーム!宗教性を排除し、「マインドフルネス」の名で世界中に広まっている。


その理由は、最新の脳科学により、わずか数日の実践で脳が改善することが分かってきたためだ。


ビジネスの世界では効率をアップさせると大人気。


さらに医療の現場では、うつ病の再発防止などでも応用されている。


番組では簡単に実践できるマインドフルネス法もご紹介!


脳が劇的に変化を遂げ、ストレスから解き放たれる秘密に迫る!



【ゲスト】早稲田大学人間科学学術院教授…熊野宏昭,
【司会】竹内薫,南沢奈央,【語り】土田大



posted by 花井英男 at 13:44| 認知行動療法

2018年01月05日

母・いわさきちひろの絵を語る松本猛

ラジオ深夜便
2018年1月5日
【明日へのことば】

「母・ちひろ アトリエの後ろ姿」
美術・絵本評論家 松本猛




いわさきちひろは、常に「子どもの幸せと平和」をテーマとした。


いわさき ちひろ(本名:松本 知弘(まつもと ちひろ、旧姓岩崎)、1918年12月15日 - 1974年8月8日)

は、子供の水彩画に代表される日本の画家、絵本作家。

夫は、弁護士、日本共産党元国会議員松本善明。


いわさきちひろの息子、松本猛がちひろの絵本について語った。

松本猛は、「母ちひろのむくもり」(講談社文庫)を書いている。




平和を願い、子どもを愛し、一人の芸術家として生き抜いたいわさきちひろを、母親として、画家として、ひとりの人間として見つめる。


「思い出のなかの母」「絵のなかの母」「アトリエの母」「ちひろが愛した人たち」「母ちひろと信州」などのテーマでちひろについて明かし、その絵の魅力についても触れる。


松本は、東京芸術大学の卒論で、絵本について取り上げようとした。


担当教官から、絵本は芸術として価値のないものなので、指導しないと言われた。指導教授がいないとも言われた。
それでも、絵本について卒論を書いた。


松本は、今年は、ちひろ生後100年であり、ちひろが芸術家としての価値が確立したと考える。


ちひろの絵本がどのように成立したかを述べた。まだ、没後50年経っていないが、

没後50年が画家としての価値が確立すると考えるとも述べた。


松本は、ちひろの生い立ちを述べた。何が、母ちひろの絵を育んだかを調べた。

東京府立第六高等女学校時代(現在の東京都立三田高等学校)について述べた。同校は、生徒の個性を重んじ、試験もなく、成績表も希望者に配布されるのみだったという。ここでもちひろは絵がうまいと評判だった。


女学校二年(14歳)の三学期、母・文江はちひろの絵の才能をみとめ、岡田三郎助の門をたたいた。ちひろはそこでデッサンや油絵を学び、朱葉会の展覧会で入賞を果たした。

ちひろは女学校を卒業したのち、岡田の教えていた美術学校に進むことを望んだが、両親の反対にあって第六高女補習科に進んだ。


ちひろの絵が生まれる背景には、1回目のいやいやながら望まぬ結婚(20才)(夫の自殺)と、その後の、終戦後に至るまでの満州開拓団の体験があった。


1944年(25歳)には女子開拓団に同行して再び満州・勃利に渡るが、戦況悪化のため同年帰国した。


翌年には5月25日の空襲で東京中野の家を焼かれ、母の実家である長野県松本市に疎開し、ここで終戦を迎えた。

ちひろはこの時初めて戦争の実態を知り、自分の無知を痛感する。終戦の翌日から約一か月間の間にここで書かれた日記『草穂』が現在も残っている。


「国破れて山河有り」(杜甫)と記されたスケッチから始まるこの日記には、こうした戦争に対する苦悩に加え、


数々のスケッチや自画像、武者小路実篤の小説『幸福者』からの抜粋や、


「いまは熱病のよう」とまで書かれた宮沢賢治への思いなどが綴られている。


善明との出会いと画家活動



1946年(27歳)1月、宮沢賢治のヒューマニズム思想に強い共感を抱いていたちひろは、戦前、戦中期から一貫して戦争反対を貫いてきた日本共産党の演説に深く感銘し、勉強会に参加したのち入党した。

途中の経過を省略。


ちひろ美術館は、ちひろの作品の収集展示という個人美術館の枠を超え、「絵本の美術の一ジャンルとして正当に評価し、


1997年4月、長野県安曇野に、広い公園を併設した安曇野ちひろ美術館が開館した。

我が家では、毎年、ちひろの絵のついたカレンダーを使っている。ちひろの生涯を時々思い出したい。


posted by 花井英男 at 14:19| 戦争・平和

2018年01月01日

紅白歌合戦 福山雅治の「トモエ学園」

紅白歌合戦を見て

福山雅治が、紅白歌合戦で、「トモエ学園」を熱唱した。




紅白に黒柳徹子が登場し、「この学校がなければ、今の私はなかった」と語った。


トモエ学園とは、どんなにすばらしい学校だったろうかと思った。
退学になった、黒柳徹子を、引き受けてくれた学校、トモエ学園。


「一人一人にあった、教育」、「子どもが楽しいと思える学校」、「子どもが喜ぶ学校」は、そう簡単にできることではない。


教育は、「特殊な技術」であるとか、或いは、「教師聖職論」という言葉もある。
人間を育てるということは、簡単なことではない。


私は、小学校1年生の時、担任の女教師に毎日、泣かされにいくような体験をした。
出来の悪い私は、きつく叱られ教室で泣いてばかりいた。

面白くない学校に行きたくないので、朝、登校するふりをして、街の中を歩き回って過ごした。それが親に通報されて、オヤジに蹴り飛ばされた。


幸いにも、次の年、その女教師はやめていなくなった。
2年生の担任になった男の先生は、安心して教室におることが出来た。
ユーモアがあり、笑いがあり、私にとって学校は楽しい所になった。
勉強が楽しくなった。


3年生も、4年生も、それ以降担任に恵まれた。

教師の力量は、素質、性格、育ちもあり、教育水準、知的レベルなどの背景があり、子どもの教育にふさわしい性格・資質は、そう簡単にできるものではない。中には、教師にふさわしくない人もいる。力量は、本人が努力して、積み上げて出来るものだと思う。

教師同士のチームワークが取れるか。
他の教師の気持が組みとれるか。自分の考えを押し付けることはないか。30人、40人いる児童・生徒の気持をそのまま受け止めることが出来るか。受容的な気持ちで、児童・生徒に接することができるか。

教頭、校長は、自分の考えを押しつけることはないか。職員に受容的に接することが出来るか。
否定的な気持ちを職員に持っていないか。

管理職を含めた、教師集団が、問題を抱える児童・生徒に全力で接する力量があるかなど教職員集団の力量が問われる。

愛知県の県立高校には、憲法を否定し、明るい職場を否定し、民主主義を否定する、団体が存在する。校長室で、校長、教頭などが、新任教員にその団体への加入を勧める。

このような団体に入ればいい教育はできないだろう。

管理職たちは、組合には加入しないように働きかける。組合つぶしを管理職たちは行う。

民間の教育研究団体が沢山存在する。すばらしい実践活動の紹介がなされている。研究者、学者が一緒に参加している。教科別の研究団体もある。

福山雅治の「トモエ学園」の歌詞が素晴らしい。

福山雅治は、黒柳徹子に頼まれて作詩した。



福山雅治  作詩
福山雅治  作曲

トモエ学園   歌詞


うれしいのに
さみしくなる
たのしいのに
かなしくなる

恋に似てまぶしかった
恋のようにせつなかった


大好きな気持ち
思い出すと
泣きそうです 今も


先生  友だち
わたしの心
育ててくれたの
学び舎の日々
ありがとう



わたしたち
違うんだね
顔のかたち
心のかたち



「違う」って
面白いな
だからその手
繋ぎたくなる




「はじめて」っていつも
こわいけど
とってもワクワクする



ねえパパ  ねえママ 
ちょっと待ってて
この場所でなら
もっといい子に
なれるから




電車の教室でお弁当食べて
裸ん坊でプールに飛び込んだ夏は
わたしの心も裸になったんだね
「この夏ずっとずっと
つづけばいいのにな・・・」




大好きな笑顔
思い出すと
泣きそうです 今も



先生 友達
わたしの明日
作ってくれたの
学び舎の日々
ありがとう



教えてくれましたね
「違う」って
「自由」ってこと



教えてくれたんですね
「大好き」って
「幸せ」ってこと
ほら自由で
幸せです
わたしは





posted by 花井英男 at 16:13| 教育