2021年05月18日

松岡和子78歳・シェイクスピア現場翻訳家の存在

松岡和子78歳・シェイクスピア現場翻訳家の存在


今朝、NHKあさいちの番組で、松岡和子の活躍ぶりを紹介した。俳優たちの稽古場に一緒にいて、自分の翻訳を演じている、俳優に「こういう気持ちで演じて」とアドバイスして、さらに、自分の翻訳をその場に会う、言葉に治していく。ふつうここまでしないだろう。その場面を紹介した。

それもシェイクスピアの原本をその場において、翻訳の言葉を直すのである。驚いた、普通そんなことしないだろう。しかも、原文に忠実に翻訳する作業である。吉田鋼太郎もそばにいる。俳優たちと解釈をめぐって話し合いをする。意見を出し合う。俳優たちの意見も聞く姿勢。

シェイクスピア全作の新訳に取り組んでおり、彩の国さいたま芸術劇場での彩の国シェイクスピア・シリーズにたずさわる。そもそもは、蜷川幸雄に頼まれた。38作品全部を、今回、翻訳し終わったという。この度、「おわりよければすべてよし」が38作目、最後だという。ちくま書房から。

すごい女性がいるもんだ。3月まで、中日文化センターの岩崎宗治先生の、シェイクスピアの「ロメオとジュリエット」の購読に参加していた。

日本のシェイクピア研究者はどんな人がいるのだろうという関心を持って、大修館のシェイクスピアの注釈本の編集委員のメンバーを見て、研究者は、こういう人たちなんだと思っていた。それ以外にも名前を知っていた。さらに、こういう人もいるんだと知った。


現代人の感覚に合うように、翻訳が磨き続けている姿勢に感心した。









posted by 花井英男 at 10:11| 文学・芸術

2021年05月16日

木彫作品展

第21回雅彫会  (隔年)木彫作品展

とき:5.11(火)〜5.16(日)AM9:30~PM5:00

ところ:名古屋市博物館 3階ギャラリー 第5室

入場無料

地下鉄 「桜山」


70年前の、母校・名古屋市立萩山中学時代の、技術科の恩師、石田先生の教え子、石田先生の息子さんらのグループの展覧会。

展覧会ごとに、友人のS君(会員)から案内状を頂きます。感謝しています。同じ町内に住み、先日、整形外科でばったり会ったら、その場で、版画作品をカバンから出してくれた。壁に貼って楽しんでいる。

今日は最終日なので、体調もいいので、地下鉄で出かけた。萩山中学校時代といえば、1学年、9クラスという大規模中学校だった。いまから思えば、マンモス中学。

現在私の住んでいる地域には、現在、すぐ近くに、歩いて5分の所に、津賀田中学校がある。もう、60年の歴史を持つ。私の頃は、70年前は、まだ津賀田中学校はなかった。瑞穂グランンドの近くの萩山中学校まで30分以上歩いて通った。病気の時は、バスで通った。

私も習った、石田先生の教え子たちが、木彫の趣味の会を続けている。作品を楽しませていただいた。18名の出品者。受付のメンバーは、多分、同期生らしいひとだが、全く顔は分からない。S君がおれば、いいのだが、あいにくいない。受付を澄まして、ゆっくり見た。

すごい沢山の作品数だ。出品者の名前を見ても分からない。S君がおれば、いいのだが。木彫と版画の作品。

木彫作品と版画作品。どんな木彫作品があったか紹介します。  

 栗の実の見事な作品。大きな魚を掘ったもの。家具のテーブル。百合の花、栗の実。フクロウ。ザクロ。仏像、唐辛子。兜。鬼灯。数珠。万年青(おもと)。
玄人並みの作品ばかり。

 中学校時代、高校時代、大学時代の同級生や、恩師との趣味を通じて、集まるということはいいことだ。今流の言葉で言えば、生涯教育ということだろうか。学校繋がりでなくても、よい。何か好きなことで、勉強したり、趣味を高めあったりすることは、生活を豊かにできる。

家内は、オカリナ、パソコン。合唱、その他の集いに、1週間、3〜4回外出する。張り合いを持っている。私自身、男は、それに比べると、少ないようだ。高齢者となって、毎日、張り合いを持つことは大事だ。












posted by 花井英男 at 17:40| 文学・芸術

2021年05月13日

「患者と探す 心の回復」を読んで

「患者と探す 心の回復」を読んで


中日新聞【2021年5月13日】は、精神科医夏苅郁子さんが、今回出版した、「精神科医療の7つの不思議」の紹介記事を載せた。夏苅さんは、精神科医の夫とともに、焼津市で、「やきつべの径(みち)診療所を営む。

かつて、名古屋駅の近くの会場で夏苅さんの講演を聞いたことがあるので、記事に関心を持った。医学博士号を持つ。確か博士論文を大規模の調査をもとに書いた人ではなかったかなと思う。今回の本も、6千人の調査実施と書いてある。

「調査」をもとに医学論文を書くことに疑義を持つ人がいた、と聞いたと思う。この調査の基本は、主治医の診療態度を問うという内容である。自ら医師が自分たちの診療態度を問うということは勇気のいることだ。医師の患者への在り方を問うという、厳しいものだ。

教師の場合、研究授業と言って、同僚の先生から、授業内容、教え方などについて改善のための厳しい職業的訓練の場がある。有名大学、国公立大学出身だからと言って、うぬぼれている人もいる。ほんとに人間性があるのか。教師像を求めて。改善の道は自分自身で進めなければいけない。

私は、臨床心理士として、自分の態度がどうであるか、自戒を込めて考えなければいけないという気持ちだ。このことは、臨床心理士、公認心理師についても自戒を込めて反省することだと思う。精神福祉士でも、看護師・介護福祉士でも、同じであると思う。

全国の精神疾患の人と家族に郵送で調査を実施した。約6千人から回答を得た。主治医・担当医の診療態度に関して、25項目を挙げ、4段階で評価してもらった結果の概要を著書で紹介した。新刊は、ライフサイエンス出版から1650円。

調査の報告書によれば、「きちんと顔を見て、目を見て話をしてくれる」、「親しみやすい雰囲気を持っている」、「など誠実さや親しみやすさを測る項目では、約8割が肯定的に評価。
2割は、否定的であるということだ。

一方で、「病名や薬について十分な説明がない」、「回復の見通しについて納得できる説明がない」など治療に関する内容は、患者の3割以上が不十分と感じていた、と。患者や家族は、病名について、劣等感、困り感、成育歴にやりきれなさ、先入観、偏見、絶望感、希死念慮、自殺企図などを持っているかもしれない。

対人関係でも、家族との関係でも、医師との関係でも、良好な関係を持っている人、いない人がいるかもしれない。心の病の人は、神経質になるかもしれない。待ち時間についてもイライラするかもしれない。

私の体験を述べる。近くのかかりつけの病院で、ドクターの話を聞きそこね、「もう一度言っていただけますか」と質問に対し、丁寧に答えてもらえなかった。きつい言い方で、非難する気持ちで返事をもらった。不愉快な気分を味わった。「ドクターは若い」という印象だった。

夏苅さんが、そもそもこんなことを何故しているのか。彼女の成育歴にある。詳しくは、ウィキペディアの夏苅郁子を読まれたい。

引用すると、「北海道生まれ。父親(薬品会社勤務)の転勤で、幼少期から中学時代まで引っ越しが多かった。10歳のとき、母(看護師)が統合失調症にかかる。家庭を顧みず収入を家に入れぬ父親とは疎遠であり、病んだ母親と二人の孤立した過酷な少女時代を送る。

両親が離婚した後、実家に引き取られた母と会うことを拒む。父の籍に残ることになったがもともと疎遠な父と暮らすことはなく、孤独と絶望から2度の自殺未遂。友人の仲介により母と再会した。その後イラストレーターの中村ユキ著の「我が家の母はビョーキです」という本を読んで、母の統合失調症を真正面から向き合うことにした。」

エッセイ「心病む母が遺してくれたもの精神科医の回復の道のり」を出版。母の病気とのかかわりや自身の病気(摂食障害、うつ病)、回復した過程を書いて反響を呼んだ。私は一気に読んだ。日本各地を講演した。名古屋にも来られた。

病気回復の道のりは大変だった。自身の闘病体験は、医師への不信、自身の症状と処方薬の副作用に悩んだ。医師との関係、不信感。講演での語り口は、やさしさで溢れる内容であった。








posted by 花井英男 at 22:13| 心の病