2018年06月23日

沖縄戦全線戦没者追悼式の平和の詩の朗読

沖縄全線戦没者追悼式の中学生、高校生の朗読した詩


6月23日、お昼のNHKニュース番組で、沖縄全戦没者追悼式で、自作の詩「生きる」を浦添市立港川中3年の相良倫子さん(14)が、朗読するのを聞いた。

是非、全文を読みたいと思う。

昨年の高校生の全文をネット上で見つけた。
改めて、平和の大切さと戦争のむごさをかみしめた。



2017年6月23日、慰霊の日の23日に糸満市摩文仁の平和祈念公園で開かれた「沖縄全戦没者追悼式」の会場に、上原愛音さん(17)=宮古高校3年=が、平和の詩「誓い〜私達のおばあに寄せて」を朗読した。

琉球新報から、コピーしてここに掲載します。

誓い〜私達のおばあに寄せて



 沖縄県立宮古高校3年 上原愛音(ねね)



今日も朝が来た。

母の呼び声と、目玉焼きのいい香り。

いつも通りの

平和な朝が来た。

七十二年前

恐ろしいあの影が忍びよるその瞬間まで

おばあもこうして

朝を迎えたのだろうか。

おじいもこうして

食卓についたのだろうか。

爆音とともに

この大空が淀んだあの日。

おばあは

昨日まで隠れんぼをしていたウージの中を

友と歩いた砂利道を

裸足のまま走った。

三線の音色を乗せていた島風に

鉄の臭いが混じったあの日。

おじいはその風に

仲間の叫びを聞いた。

昨日まで温かかったはずの冷たい手を握り

生きたいと泣く

赤子の声を抑えつけたあの日。

そんなあの日の記憶が

熱い血潮の中に今も確かにある。

決して薄れさせてはいけない記憶が

私の中に

私達の中に

確かに刻まれている。

少女だったおばあの

瞳いっぱいにたまった涙を

まだ幼かったおじいの

両手いっぱいに握りしめたあの悔しさを

私達は確かに知っている。

広がりゆく豊穣(ほうじょう)の土に芽吹きが戻り

母なる海がまた

エメラルドグリーンに輝いて

古くから愛された

唄や踊りが息を吹き返した今日。

でも

勇ましいパーランクーと

心臓の拍動の中に

脈々と流れ続ける

確かな事実。

今日も一日が過ぎゆく。

あの日と同じ刻(とき)が過ぎゆく

フェンスを飛びこえて

締め殺されゆく大海を泳いで

癒えることのない

この島の痛み

忘れてはならない

民の祈り

今日響きわたる

神聖なサイレンの音に

「どうか穏やかな日々を」

先人達の願いが重なって聞こえる。

おばあ、大丈夫だよ。

今日、私達も祈っている。

尊い命のバトンを受けて



祈っている。

おじい、大丈夫だよ。

この島にはまた

笑顔が咲き誇っている。

私達は

貴方達の想(おも)いを

指先にまで流れるあの日の記憶を

いつまでも

紡ぎ続けることができる。

誓おう。

私達はこの澄んだ空を

二度と黒く染めたりしない。

誓おう。

私達はこの美しい大地を

二度と切り裂きはしない。

ここに誓おう。

私は、私達は、

この国は

この世界は

きっと愛しい人を守り抜くことができる。

この地から私達は

平和の使者になることができる。

六月二十三日。

銀の甘蔗(かんしょ)が清らかに揺れる今日。

おばあ達が見守る空の下

私達は誓う。

私達は今日を生かされている。






posted by 花井英男 at 13:31| 戦争・平和

2018年06月22日

ニシムラマホさんの絵画展

ニシムラ マホさんの絵画展

Maho Nishimura
Live&Installation Exhibition

Inside Out
サミュエルベケット しあわせな日々より

Gallery White Cube

Nagoya Japan

2018年6月21日(木)〜7月21日13:00〜19:00
休廊6月25日(月)・26日(火)・27日(水)最終日17:00まで

Special LIVE 6月23日(土)OPEN15:00 START15:30

地下鉄 丸の内



ニシムラマホさんの絵が好きだ。抽象画だけど、私のような絵のことが分からない者にとっても、何か、感性に訴えるものがある。

見ていて何かを感じる。抽象画でも何も感動しない時もある。ニシムラさんの絵は、必ず何かを訴えるものがある。

今回は、地下鉄丸の内の駅から近い小さな画廊で展覧会を開いた。ちゃんとしたビルだ。ビルの急な階段を上って会場についた。

一度、南区での展覧会は、廃屋になったボロボロの家で行われた。正直言って驚いた。その展覧会場を探すのに苦労した。ようやくたどり着いた。そういう会場だった。

どん底の中で私は生きているのだと訴えるような感じがする。ニシムラさんは、若い女性だ。すがすがしい感じのする常識的な女性だ。

そこで展示されている作品はすばらしかった。テレビや新聞で紹介される華々しい展覧会ではない。デパートの画廊で、お祝いの花の贈り物いっぱい飾り付けた展覧会ではない。細々と、名古屋の片隅の画廊での展覧会だ。

確実に作品を創作している。

今回、ポストカードの作品、150円で買った。
その作品から感じるのは、色調は、全体に明るい、生命力を感じる、癒しがある、力を与えてくれる、見ていて楽しい、落ち着いている。安心出来る。安らぎ、安心感がある。生命力を与えてくれる。決して裏切らないものがある。

色色な作品があった。墨絵のような、真っ黒なペン画による絵もよかった。これは印象的であった。これからどうなるか、どんな作品になっていくか注目したい。

色は、空を著していると思われる薄い青色、青色はいろいろグラデーションがある、色々な緑色、黄緑色もある。川のような風景がある。牧場なような風景がある。草、木、植物のつるのようなもの。
水平線を著していると思われる線、形と言えば、ちいさい丸、丸い橙色、つるのような幹、緑の固まり、全体的に丸い形が多い。小さな画面の中にいっぱいつまっている。心地よい感じだ。

作品の値段は安い。一番大きな作品の値段を聞いた。4〜5万ですかと聞いたら、3.5万円だという。
庶民の手の届く値段だ。


こんな値段の絵で食っていけるのかと思う。力強く生きている人だ。これからも作品を作り続けてほしい。
訪れた私たちに対応してくれた。私は率直な感想を述べた。「素晴らしい作品ばかりですね。」というのが私の気持であった。元気に活躍をして頂きたい。





posted by 花井英男 at 07:56| 文学・芸術

2018年06月19日

岐阜県・岩村 歴史探訪

歴史探訪 岐阜県岩村

日本三大山城の一つ
戦国の世に凛として生きた女城主の里
岩村城跡を訪ねる

2018年 6月 12日(火)

愛高教退職者の会 6月例会



台風が去り、好天に恵まれた。久しぶりに、退職者の会のハイキングだ。
家内が高校生時代、下宿して、県立岩村高校に通った。家内にとっては故里だ。過疎化が進み、県立岩村高校は、廃校になり、今は、特別支援学校となっていた。
2,3回在職中に、同僚と、家内の案内で、来たことがある。

今回は、幹事さんの計らいで、マイクロバスで行ける。交通機関だと、3千円かかるところを2700円で済んだ。

金山の市民会館に集合して出発した。
お互い知り合いが多い。ちょうど、この日は、米朝首脳会談の日だ。うまく行くだろうと思ったがやはり気になる。

幹事さんにお礼を言って、バスに乗り込んだ。


隣に木村さんが座った。同じ高校に勤務したことがないが、スキーに行ったり、在職中から知り合いだ。彼の「オー!人生合唱団」のコンサートに参加したりした。歌の得意な木村さん。
お互いが今何をしているか交換し合った。お互いが気持ちよく話せるのがうれしい。


合唱団はコンサートをするごとに、CDを発売しているという。近くにコンサートをするという。


早速、彼は、岩村の地図を広げた。300円の地図。彼は、新任校で、地学を教えなければいけなくなった。彼は、物理(名大・理学部出身)が専攻、同僚の山崎君(愛教大・地学出身)が教えてくれるということで、自分でも努力して、地学の勉強をして教えたという。

こんなエピソードは初めて聞いた。山崎君は、私の近くに住んでいて、隣のスーパーに買い物に来て、挨拶を交わす間柄だ。お互いが、老体をいたわり合い、励まし合う間柄だ。

理科や社会科の教師は専門外のことを教えなければいけないことが多い。
高校の教師の中には、このように勉強している人もいる。慶応の通信教育の大学で歴史を学ぶ人もいる。


彼は、早速、幹事が配った、岩村の観光案内の地図を広げた。方位記号4が指す北を調べた。観光地の示す方位記号と専門の地図の方位記号が食い違っていることに気が付いた。観光地図の方位が間違っていた。

山を見て、断層があるのかどうかを見るのが楽しみのようだ。私にはまったくちんぷんかんぷんだ。


さて、高速に乗って、すぐに、道の駅 おばあちゃんの市・山岡に着いた。家内の故郷・山岡・実家の近くだ。日本一の水車が回っている。小里川(おりがわ)をせき止めて、ダムを作った。大きな小里湖(おりこ)は深緑だ。この店は人気があるようだ。


トイレ休憩で、ここで、地元のおばあちゃんたちが作った、五平餅、山吹など野菜、「ほうばずし」などを買う人もいる。水車の周りを歩いた。よくもこんなに大きなものを作ったものだ。家内の同級生が、町長になって作ったという。ここまで名古屋から買い物に来る人もいるという。

寒天の里で有名な、山岡を通って、標高721mの岩村城跡に着いた。途中で、明知鉄道の電車を見た。いつか乗ってみたい。

参加者全員が、老体を引きずって、岩村城のあるところまで、急な坂道を歩いた。途中に、家臣の屋敷跡があるというが私には分からなかった。城のあった頂上が721m。ここで昼食をとった。

明治維新で廃城になったという。古木が天を衝いていた。蝶が飛んでいた。こんな高いところによくも城を作ったものだ。戦国時代はは見晴らしの良い、山の上に城を築いたと言う歴史がある。だんだん、低い山に城を築き、最後には、平地に城を築いた歴史がある。

現地参加の2人と連絡を取り合い、彼らが登って来た。桂野さんが愛犬を連れてきた。愛犬は、賢く、大人しく、人好きで、愛想を振りまき、他の観光客からも声をかけられていた。

家内から、岩村から、実践女子大を作った、下田歌子が出たこと、江戸末期の儒学者、佐藤一斉、植物学者、三好学などが出ていることを聞いていた。私には関心がなかったが、今回は違った。

岩村の民家の一軒一軒の玄関に、佐藤一斎の教訓の言葉を書いた、木片がかかっていることに初めて気が付いた。地元の人が、佐藤一斎をこんなにも愛しているのかと思った。街の中を読みながら歩いた。


今日は、岩村を違った目で見てみようと思った。
観光客を、高齢の人が笑顔で案内していた。岩村城というと、織田信長の叔母、「おつや」の善政で知られている。一方、織田信長の残酷な一面を示した、悲話でも有名だ。

皆さんが、カステラとか、岩村醸造でお酒を買ったりした。私は、アイスクリームを食べた。城下町マップに従い、岩村本通り、城下町(重要伝統的建造物保存地区)を歩いた。「人々の生活の歴史に触れる場所」ということで、昔の面影を残す商家や旧家、なまこ壁が見られた。民家訪問が気楽にできるように案内していた。志納金を求める家もあった。

私はマイペースで歩いた。今回は、新しい見方で、岩村を発見した。佐藤一斎を発見した。佐藤一斎の「言志四録」は岩波文庫、講談社学術文庫などいくつか出版社からも出ている名著であることを発見した。西郷隆盛にも影響を与えたと言う。


7月例会は、瀬戸の陶磁資料館見学だ。楽しみだ。















posted by 花井英男 at 10:18| 旅行