2019年03月03日

中日文化センター 英詩を読む

英詩を読む
―Walter De la Mare, the Listners and Other Poems―


Jeorgian Poetry の代表的詩人としてWalter De la Mareをとり上げ、
その詩の理念、感情の様式、文体を検証したいと思います。



講師:名古屋大学名誉教授 岩崎宗治 文学博士


テキスト:Walter De la Mare, The Listeners, and Other Poems
(Edinburgh U.P.,1912; Middletown, De,2018)


ウオルター・デラメア『耳を澄ますものたち 他』村松真一訳 (沖積社、2012)

2019年2月28日(木)
久屋 中日文化センター

地下鉄  矢場町  or 栄



毎月2回、第2,4木曜日の90分の講座は、生活の中で、なくてはならないものになっている。こういう講座に来ないと読めない。自分一人では読めないだろうと思う。毎回、デラメアの4~5つの英詩を読んでいる。


岩崎宗治先生の人柄、学識にほれこんで、講座に出席している。大学時代に、非常勤講師として来ていた先生。大学時代から、ずっと尊敬している。
岩崎先生にはいつまでも元気で、講座を続けて頂きたい。4月で90歳になると言われた。


最近、岩崎先生と同じ年齢の、原田純先生(愛知教育大学名誉教授・文学博士)が1月に亡くなった。
原田純先生には、特に、愛知教育大学附属高校に勤務している時に、親切にして頂いた。

お元気の時は、英米文学の読書会でお世話になった。研究会にも誘って頂いた。
8月ごろに、偲ぶ会を計画していると、友人から聞いた。

今回の詩は、特に心に響いた。
タイトル詩である、”Lisntners”「耳を澄ますものたち」。

その作品の訳を掲載します。


耳を澄ますものたち


「誰かそこにいないのか?」と旅人はさけんで、
月明かりに浮かぶドアを叩いた。
彼の乗馬は静寂(しじま)のなか、シダが茂る
森の草地でしきりに草を食む。


一羽の鳥が小塔(タレット)から飛び立ち
旅人の頭上で羽ばたいた。
そこで旅人は2度目の強いノック、
「誰かそこにいないのか?」と叫ぶ。


でも、誰ひとり彼に応え、降りては来ない。
誰も、蔦の葉が縁どる窓の敷居から
身を乗り出して、途方にくれじっとたたずむ
その旅人の灰色の目をのぞきこむ者はいなかった。


だがわずかに、かつてその一軒家に住んでいた
大勢の今は幻たちが、そのとき、
月明かりの静寂のなかにたたずみ
人の世の声に聴き入っていた。


がらんとした広間へ降りてゆく暗い階段のうえ
かすかな月明かりに群がり、
孤独な旅人の呼び声によって
かき乱された空気の中で耳を傾けていた。


すると彼は、心中、彼らの奇妙さ、
彼の呼び声に応える彼らの沈黙を感じたのだ。
馬のほうは、木の間を洩れる星かげの下、
草を食みつつその場を動いたいた。


というのも、急にひときわ音高く
ドアをたたき、頭をあげて叫んだのだ。
「私が来たと言ってくれ、誰も返事がない、
約束通りに来たと」。


聴き入る者たちは身じろぎもしなかった、
旅人の言う言葉の一つ一つが、
静まりかえったその家の薄闇の中に谺しながら、
気づいたその人の口から飛び出したのだが。


そう、幻たちは効いたのだ、鐙にかける
彼の足音、石を踏む蹄の音を。
そして蹄の音が消え去ってしまった時、
静寂の波がそっと打ち返してきたのを。


 


posted by 花井英男 at 11:16| 文学・芸術

2019年01月26日

堀尾一郎のイコン ガラス絵イコンの国「ルーマニアの旅」展

堀尾一郎のイコン

硝子絵イコンの国

「ルーマニアの旅展」


ギャラリートークとコンサート

自然と歴史と芸術をテーマに

馬場駿吉 俳人・美術表論家 (前名古屋ボストン美術館館長)

堀尾一郎 画家・二科会評議員

石田 薫 フルート・オカリナ 奏者

平野明美 フルート・篠笛 奏者

日時: 2019年1月26日(土)14時~15時30分

場所: 電気文化会館 5階 ギャラリー西

地下鉄:伏見駅


家内と土曜日の午後出かけた。会場はすでに50人以上満席であった。立ち見をしていたら、係の方が、椅子を持ってきてくれた。100名以上の参加者だった。お祝いに、お菓子を持参した。

ギャラリートークの感想をアットランダムに書きます。

会場に到着後、すぐに二人の女性のフルート演奏が始まった。
演奏の後、堀尾先生が、演奏者の紹介をした。

堀尾先生のトークが始まった。
分かりやすい言葉を使って、話をされた。
念願であった、ガラス絵の発祥地であるルーマニアに
30年の念願がかなった。

そもそも、ガラス絵は、北川民次から若い時に教えられた。北川民次宅でのガラス絵の画集との出会いであった。

私が約16年前、スクールカウンセラーとして、県立一宮工業高校に赴任して以来の知り合いである。堀尾先生は、教育相談担当であった。先生の美術準備室によく訪ねた。すでに硝子絵に取り組んでいた。先生は、ガラス絵の本職だった。

まだ新米のSCであった私に鋭い質問をしてきたことを覚えている。
先生の絵は、ほれ込んで買った。
私の瑞穂CBT相談室のホームページの中の、4つの頁、

相談申込みの頁

料金の頁

プライバシーの頁

心理療法の頁に

堀尾一郎先生の絵が載っております。

毎年、電気文化会館のギャラリーでの展覧会は楽しみである。

今年の作品は次のとおりである。

水彩画の大作 8点

水彩画  25点

ガラス絵(ルーマニアの風景)  13点

花のガラス絵シリーズ  8点

ガラス絵・聖母子のシリーズ   12点

ガラス絵 小品  13点

ガラス絵 大作  6点


さてギャラリートークに戻る。

ルーマニアは、100年変わらず、同じ生活をしている。水道はなく、井戸から水をくみ上げ、田園地帯が広がっている。東ヨーロッパの風景だという。
その田園地帯を思わせる作品に描かれ、淡い緑色の絵が、会場には沢山かかっていた。

馬場駿吉先生のトークの一部。
耳鼻科のドクター、医学博士。12年間名古屋ボストン美術館の館長。名古屋ボストン美術館は20年の契約が昨年切れ、なくなった。俳人。
愛知県立芸術大学で、油画専攻科の客員教授。
難しい言葉は一切使わないで、ニコニコしながら、話をされた。
戦後の自分の生い立ちを話された。名古屋の白川公園の近くの開業医の家に生まれ、戦争中に、一宮市のはずれ(岐阜県境)の近くに引っ越してそこで育った。オヤジが俳句をしていたので、俳句に親しんだ。

俳句は、桑原武夫の第二芸術論が出たが、考え方が間違っている。
俳句は、銅版画に似ている。
或いは、俳句は、この会場に出ている絵画作品に似ている。

ほんの一瞬の場面を絵は表している。俳句もそうだ。

若い時、銅版画の作家と親しくした。
句集に当時新進の作家の挿絵をお願いして入れた。

二人のトークの合間の音楽演奏は、泉のようなものだ。ポピュラーな曲をやっていた。

津軽のふるさと

故郷

桜  など

堀尾先生のトーク。
馬場先生のトークに引き続いて話された。
明日(2,019年1月27日(日))NHKの日曜日美術館で、今年は、北川民次没後30年で、番組に出演するために、一宮の堀尾先生のアトリエで3時間もかけて、録画撮影がなされた。NHKの放送では、3分位しか放送されないだろうから、ここで話しておきたい。

堀尾先生は、二科会の中で、北川民次と親しくされた。メキシコに行くとき、「どこを見てくればいいですか」と、民次に尋ねた。「神の作った物を見てきなさい。人工のものは見なくて良い。」と答えた。

法律とか、人工のものはどうでもよい。この言葉の重さ。
感覚の大切さを強調した。

巨大な組織の中の権謀術数の中で、戦争に協力しなかった画家を集めて、官に対抗して、東郷青児が二科会を作り、会長を務めた。そのあと、自由と民主主義を守る立場を、民次は引き継ぎ、会長になったが、7か月で会長をやめた。

民次は革命後のメキシコに滞在した。
メキシコのインディオ達の歴史、壁画運動の思想を北川民次は影響を受けている。

その民主主義を守る立場を堀尾一郎も引き継いでいる。


posted by 花井英男 at 21:20| 文学・芸術

2019年01月05日

県美術館に風景画を見に行く

閑輝会の展覧会に行く

第26回 日本画 閑輝会展


県美術館ギャラリー
地下鉄 栄

2019年1月5日(土)


中日新聞で紹介された、無料の日本画の展覧会に家内と行った。何よりも魅力は、「風景画中心に100点」という記事だった。

日展会員の日本画家木村光宏さん(守山在住)が主宰する美術団体「閑輝会」という紹介だった。

風景画と聞いてこれは行かざるを得ないと思った。しかも、入場無料。

家内から指摘されて気づいたが、ほとんどが女性画家ばかりだった。男性は4人だけ。驚いた。会員40名の約百点を展示とあった。
小品から150号までほとんど魅力的な作品ばかりだ。

大自然の絵は、冬でも、春でも、秋でも、静寂そのもので和む。

心和むひと時であった。

帰りは、中日ビルのサンモリッツでお茶をした。
posted by 花井英男 at 17:34| 文学・芸術