2018年08月12日

エリオットの詩を読む  中日文化センター

T.S.エリオットの詩を読む
―20世紀モダニズム研究―
Part V(7月〜9月)
講師:岩崎宗治 名古屋大学名誉教授 文学博士
開講日:第2・4木曜日 13:30〜15:00

テキスト
 T.S.エリオット 『四つの四重奏』 岩崎宗治訳(岩波文庫)2011
T.S.エリオット 『四つの四重奏』 岩崎宗治訳 (国文社)2,009
T.S.Eliot  Four Quartets (London  Faber and Faber 1944,2001)

中日文化センター
2018年8月9日(木)

Four Quartets を読む
East Coker T−U

岩崎宗治先生からの提案。


現在、エリオットの詩を読んでいるが、この後、10月からは、イギリスの詩人、ジョージアンのウオルター・デラメアの詩を取り上げたい、という提案がなされた。

デラメアは、エリオットの前のジョージア朝の詩人。エリオットの詩の前は、どんな詩人がいたか。エリオットの詩を理解するためにも、いい詩人であると言われた。
モダニズムを理解するためにもいい作品であると。


ジョージ5−6世時代(1910−52)、特に、ジョージ5世時代(1910-20)の文学、特に田園詩などを指す。
Walter de la Mare, ウォルター・ジョン・デ・ラ・メア(Walter John De La Mare, OM、1873年4月25日 – 1956年6月22日)は、イギリスの小説家、詩人。優れた児童文学作家。

原書は、The Listeners and Other Poems Walter De la Mare
Leopold Classic Library 2400円

翻訳詩集は、岩崎先生の尊敬する知人である、静岡大学名誉教授 村松真一先生。
「耳を澄ますものたち他」 村松真一訳 沖積社 2012   2400円

10月からのテキストの準備をしておられた。原書のテキストの入手方法まで検討されていた。リプリント版だという。

日本では、児童文学作家として有名であるようだ。すでに児童文学作家として知っている人がいた。

それにしても、岩崎先生は、元気である。89才にして、元気そのものだ。尽きるところがない。今流の言葉でいえば、「半端、ない」

本日は、ハンドアウトを、4枚頂いた。
1枚は、本日の詩East Cokerの詩に関わる、写真2枚。ブリューゲルの絵、「野外での婚礼の踊り」

2枚目は、「四重奏」の翻訳詩集を出版した時、朝日新聞(名古屋)(2009,6.2)に寄稿された、記事のコピーである。タイトルは、『薔薇と亡霊と「四重奏」』岩崎宗治 英文学者。四重奏の4つの詩について、簡潔に解説を述べたものである。

残り2枚は、デラメア詩集「耳を澄ますものたち他」村松真一先生の訳詩集の中の、「静謐をたずねて」の文章である。


10月からの詩への案内だと思う。この暑い毎日にへこたれそうになっているのに、先生は、準備されている。有難いことである。

posted by 花井英男 at 12:15| 文学・芸術

2018年07月13日

T.S.エリオットの詩を読む  中日文化センター



このたびの西日本豪雨災害の皆様にお見舞いを申し上げます。


T.S.エリオットの詩を読む
―20世紀モダニズム研究―

Part V(7月〜9月)
講師:岩崎宗治 名古屋大学名誉教授 文学博士
開講日:第2・4木曜日 13:30〜15:00

テキスト
 T.S.エリオット 『四つの四重奏』 岩崎宗治訳(岩波文庫)2011   または、

T.S.エリオット 『四つの四重奏』 岩崎宗治訳 (国文社)2009

T.S.Eliot  Four Quartets (London  Faber and Faber 1944,2001)

中日文化センター
2018年7月12日(木)

Four Quartets を読む
“Burnt Norton” T〜U


今日から一人男性の参加者が増えた。私が、この講座に参加する前にすでに参加していた方だ。私の隣に座った。講座のことを聞かれるので、7月〜9月の予定表を見せて、話していたら、他の参加者が次から次へと、席の案内やら、テキストの案内を親切にテキパキと教えられた。英詩の好きな方のようで、エリオットの分厚い詩集を持参されていた。



岩崎先生から、ハンドアウトが1枚出された。
その中には、Burnt Nortonのthe rose gardenの写真,
詩の、Dry the pool,dry concrete, brown edged の光景のカラー写真、
Emily Hale の2枚の写真、
本、”Painted Shadow A Life of Vivienne Eliot”のカバー写真。
これらの資料は、エリオットの伝記と今日の詩に関わる重要ものであった。



講義の内容
Burnt Nortonを読み始める前に、岩崎先生から、「これは難しい詩である。」と。
モダニズムについて話された。これは建築界での用語である。


新しいものの主張である。古いものをこわす。伝統破壊。建築の世界で機能主義的建築をめざすもの。生活に役立つ建築形式を求め、形が簡単、装飾がない。幾何学的。

この傾向が表れている作品を列挙された。フォークナーの小説にあらわれている。E.E.カミングの詩、ジョイスの「ユリシーズ」、「ダロウェイ婦人」、などに、意識だけが出てくる、物語のシークエンスをこわす。
エリオットの「荒地」は、ユリシーズをまねた。

エリオットの生涯に触れた。
エリオットの最初の結婚はひどいものであった。「荒地」を書いたとき、エリオットも不安定だった。妻・ビビアンは、心を病んでいた。エリオットは心労が重なり、苦境に陥り、結婚は失敗だった。

中略。

エリオットは、若い時、エミール・ヘイルと付き合っていた。誰も結婚する仲だと思われた。しかし、エリオットは結婚しなかった。

ハーバード時代の恋人であった。彼女は、女子大の先生になった。長く文通は続いていた。
2020年に書簡が公開されるという。

エリオットは、ヘイルをイギリスのノートンのカントリーハウスに案内した。カントリーハウスとは、地方の3階建の貴族の邸宅。女王が来た時に3階でもてなす家だという。
ある事情で、このカントリーハウスが燃えてしまった。


Burnt Nortonの中で、ヴィヴィアン、エミリーのことを書いていると思われる。

バーント・ノートンの詩の最初の部分は、次のような内容。


現在の時間と過去の時間は
おそらくともに未来の時間のなかに現在し
未来の時間はまた過去の時間のなかに含まれる。


あらゆる時間が永遠に現在するとすれば
あらゆる時間は償うことのできぬもの。


こうもあり得たと思うことは一つの抽象であり
永遠に可能以上のものではなく
ただ思念の世界にとどまる。


こうもあり得たと思うことと、こうなってきたこととは
つねに現在する一つの終わりに向かう。



この詩の内容は、「私たちの時間の中には、自由はない。
未来は制約されている。」ことを示しているのではないか。


イギリス国教会の信仰を持つ、エリオットによれば、
私たち人間存在(Nature)は神の恩寵(Grace)の中にある、と思われる岩崎先生は話された。


エリオットのバーント・ノートンの最初にT〜Uは、このような内容であった。


講座の後は、久しぶりに、喫茶店で3人で2018ロシアワールドカップの
サッカーの試合の感想、講座の内容についてざっくばらんに話した。




posted by 花井英男 at 19:23| 文学・芸術

2018年06月29日

T.S.エリオットの詩を読む

T.S.エリオットの詩を読む
―20世紀モダニズム研究―

講師:岩崎宗治 名古屋大学名誉教授 文学博士
開講日:第2・4木曜日 13:30〜15:00

中日文化センター

テキスト T.S.エリオット 『荒地』 岩崎宗治訳 (岩波文庫)
T.S.Eliot Selected Poems (Faber 80th Anniversary Edition)


2018年6月28日(木)

テーマ:「Waste Landの総括」



岩崎先生から、28日は、「Waste Landの総括」をすることが提案された。

Waste Land(荒地)の5つの詩を読んだ。

1. The Burial of the Dead (死者の埋葬)

2. A Game of Chess (チェス遊び)

3. The Fire Sermon (火の説教)

4. Death by Water  (水死)

5. What the Thunder said  (雷が言ったこと)


T.S.エリオットは、1888年アメリカミズーリ州セントルイスに生まれた。イギリスに1915年定住した。1917年に最初の詩集を出版した。1922年に「荒地」を出版した。
1948年ノーベル文学賞を受賞した。


岩波文庫から、エリオットについて、岩崎先生による詩の訳、詩の注釈、解説が出されている。その学者から直に講義が受けられるという恵まれた環境と機会を誰もが逃してはいけないという気持ちが強いと思う。

まれにみる先生の深い学識と人柄に魅せられて誰もが参加していると思われた。

参加者は、英文科出身の人もいれば、洋画家、元大学教授、家庭の主婦もいるようだ。詩集を出している人もいれば、俳句をやっている人もいる。短歌をやっている人もいる。岩崎先生が、一人一人のことをよく知っておられるようだ。

私には、誰がどういう人か分からない。
23名の参加者はほとんど欠席することなく参加した。


23名の人がどんな感想を述べるだろうか、人の発言から何か学べるものがあるかもしれないという期待もあった。

発言の中には、聞き取れないものもあり、「前を向いて話してください」、「大きな声で話してください」という発言が出た。

エリオットの詩は、難解だという感想が多かった。難しい詩をを分かりやすく翻訳しているという感想も出た。詩の翻訳はすばらしいという感想も出た。

すべての詩について、出典をすべて明らかにして、訳注をつけていることに驚嘆の気持ちを述べた人もいた。その通りだと思った。

新約・旧約聖書の中のルカ伝、マタイ伝、出エジプト記など数多くの出典、ギリシャ・ローマ神話、ダンテの神曲、ヘルマンヘッセ、プラトンなどあらゆる出典を網羅していることには、驚いた。よくもこれだけ調べたものだと感心した。

これだけの背景を知っていなければ詩の解釈が十分にできない可能性がある。


岩崎先生は、翻訳詩集を沢山出しているが、一貫して、訳も素晴らしいし、訳注と解説、鑑賞に詳しい。

詩の解説により読み解こうとするが簡単にはできない。皆さんが難しいと誰もが言う。難しくても少しでも理解しようと言う気持ちを皆さんが持っているようだ。

アングリカン・チャーチ(イギリス国教会)・カソリックの信仰を持っていたエリオットに関心を持つ人もいた。


2018ロシアワールドカップのサッカーで毎日、頭がいっぱいで、総括は考えるどころではなかったと述べた人もいた。

23人が2〜3分ずつ述べることになっていた。


私は3つの詩について述べた。


私は3つの詩について、ノートに感想を書いておいて発表した。
岩崎先生から、ノートにまとめを書いて発表してくれてありがとうと言っていただけた。

1.「水死」の詩は、10行の詩で、短く、比較的わかりやすい詩である。訳注がなければ、とても分からない。しかし、かろうじてわかる。仏教の輪廻と鎮魂の詩である。輪廻の考えがあることに共感を持ったと述べた。エリオットは、仏教の経典について、難しい本を勉強していることを、岩崎先生は紹介している。



2.「雷の言ったこと」の詩の始めの部分は、イエス・キリストの苦悶を、ルカ伝、詩篇、マタイ伝、ヨハネ伝の記述の引用し、書いていることを岩崎先生は紹介している。


ユダの裏切り、キリストの逮捕、ゲッセマネの祈り、磔刑(たっけい)、ゴルゴタの丘の場面の描写は、改めて聖書のその部分を読んで、感動が伝わってきた。

モーセの、出エジプト記からの引用の指摘もなければ詩を読めないと思う。

他にも、ヘルマヘッセからの引用、アーサー王伝説の言及など。


あるゆる古典文学、聖書、エジプトなど地中海の神話。ダンテの神曲からの引用。


この詩では、キリスト教と仏教がそれぞれ目指す平安が一つのものであることを暗示している。

平安を祈る境地の詩。最後に、シャンティ・シャンティ・シャンティという雷の音の遠ざかっていく場面。
キリスト教と仏教の目指す平安を暗示している詩。

3.最後に、「火の説教」の詩。
これは仏陀の「ガヤ山」での説教を指すと岩崎先生は解説する。エリオットの、読んだ経典の中で、ブッダが人間の情念(色欲、怒り、憎悪)を劫火に譬え、現生離脱を説いている。

離脱すべき情念の火が、火の説教の主題である、と解説する。キリストが天国を説いた「山上の垂訓」(マタイ伝・5章―7章)に通じるものがあると岩崎先生は指摘する。

主題は、人間の情念(色欲、怒り、憎悪)。

その光景を、テムズ河畔の逢引する若い男女、スペンサーの詩の引用、キーツの詩の引用、マーベルの詩の引用、ベルレーヌの詩の引用、ゴールドスミスの小説からの引用、聖アウグスティヌスの告白からの引用、情欲の町、ロンドン、破滅、シェイクスピアの「嵐」からの引用などにより、人間の情念の状況を描き出す。

それは、過去・現在・未来を見通す証人として、人類の過去・現在・未来についての証言となる。
最後は、情欲の火が浄化されることなく燃え続けている場面で終わる。

最後の4行の部分。

燃える 燃える 燃える 燃える
おお主よ あなたは私を 引き出したもう
おお主よ あなたは 引き出したもう

燃える


エリオットの詩を読んでいて救いとなるのは、古代からエジプト、地中海などにある、フレイザーの「金枝篇」の中に紹介されている、再生神話に加えて、仏教の輪廻など考え方を暗示していること。

第1次大戦後のヨーロッパの荒廃を描いた「荒地」は人類の危機的状況だったと思われるし、今も世界の状況は変わりないと思う。

日本の腐敗した政治状況、トランプの横暴な政治、中国、ロシアの政治状況、シリア、アフガニスタン、イスラエル、パレスチナの状況、いまも世界はひどい混乱がある。何を救いに生きていけばよいのか。

このような状況の中で生きていかなければいけない。このような世界の中で、やはり、平安を求めて生きている。















posted by 花井英男 at 13:43| 文学・芸術