2020年07月09日

ロバート・フロストの詩を読む


英詩を読む
Poems of Robert Frost

講師:名古屋大学名誉教授  岩崎宗治
テキスト:『対訳フロスト詩集』川本 晧嗣偏(岩波文庫)

名古屋・栄 中日文化センター

2020年7月9日木曜日


 待ちに待った、「英詩を読む」が始まった。2月下旬から、閉講になって、7月9日、講義再開だ。皆さん待ちに待っていただろう。教室に入って、目を合わせて挨拶した。教室の中は、感染防止のために座る席が指定されていた。

 今日は、岩崎先生のハンドアウトは、ブリューゲルの「死の勝利」1562年(プラド美術館蔵)だ。
先生は、マイクを付けてないので、聞こえない。隣の教室の声がうるさいので、教室のドアを閉めに行ったところ、ドアは明けておかないといけないと女性が合図してくれた。相変わらず隣の教室の笑い声が聞こえてきた。あきらめた。

岩崎先生にマイクを付けてくださいと誰かが頼んだ。ようやく聞こえた。

この絵は、見る限り、気持ちの悪い絵だ。何が描いてあるのかさっぱりわからない。混乱と骸骨の群、世界の終わりを表している。

ウィキペヂアによれば、「14世紀中頃にヨーロッパ全土を席巻したペストの大流行は、人々の死生観に大きな影響を与えた。有効な治療法もなく、現世のいかなる地位・武力・富も意味を成さず、あらゆる階級の人々が為す術もなく死んでいく社会情勢だった」

ペスト、あるいは、黒死病と呼ばれたという。現在、世界は、コロナの件で、脅かされている。正しく恐れるということで、対処しているが、昔は、大変だったんだろうと思う。


きょうのフロストの詩は、[8]Home Burial  自宅埋葬


ロバート・フロスト(1874年3月26日 - 1963年1月29日)が、生きていたころの、アメリカでの家庭葬についての父親と、子供を亡くした母親の対話詩だ。

読んでいると、夫婦の限りなく続く不和状態の会話にうんざりしてしまう。こんなのが詩になるのかと思った。フロスト詩集にこんなのが入るのかという疑問さえ起こる。

傑作と言える作品ではない。作品を半分くらい読んだところから、参加者がコメントやら、読んだ本の紹介を始めた。

 参加者の女性が発言して、一気に作品の理解が深まり、面白くなった。息子さんを病気で亡くした女性は、子どもを亡くした悲嘆は、男性にはわからないくらい大きいと述べた。近くに座っていた男性がうなずいた。私もうなずいた。

 この詩作品はフロンティア時代の出来事で、父親が自宅近くに子どもを埋葬するために、せっせと穴を掘り頑張った場面が描かれている。一方母親は旦那の苦労も理解せず、旦那が事務的に事を運ぶ姿勢に怒りさえ持つ。夫婦の溝は収まりそうにない。最後までこの調子だ。

 多分、子どもを亡くしたことで、夫婦で喪に服すという、つまり夫婦で子どものことを語り合う、モーニングワークが十分に持つ余裕がなかったのだろうと思う。母親はそのことが不服なのかもしれない。父親にも母親にも、そのようなことを考える余裕がなかったのかもしれない。

 モーニング・ワークとは、「喪の作業」という。愛着や依存の対象を失うことを対象喪失といい、それによって生じる心的過程を喪(悲哀)という。

 フロイトは、喪の作業を経ることによって失った対象から離脱し、新しい対象を求めることが可能になるとした。

 現代でも、子どもを交通事故で亡くし、母親が仕事を続けられなくなって、休職したということがあります。それくらい、母親にとって大きな出来事である。昔は、そんなことを十分に考えることなどできなかったかもしれない。


 作品解釈の中に、「悲しみと理性の対立」というところに落ちつた。感情の母親と理性の父親の対立。埋まりそうにない対立がある。

 この詩は、フロスト自身が自分の子どもを亡くした体験に基づいていた。フロストは、長男をコレラで亡くした。それが後々まで尾を引いたといわれている。

フロストは、アメリカの国民的詩人として親しまれている。ケネディ大統領の就任式に招かれて、自作の詩「惜しみない贈り物」The Gift Outorightを朗読した。アイゼンハワー大統領、オバマ大統領とも親しい。

ロバート・フロストの庶民性、取るに足らない人々というと失礼になるが、そのような人々を材料にして詩を書いている。子どもを亡くした夫婦の悲しみ、苦しみ、苦悩、トラブルを詩の題材にしている。

これは、(7)”The Death of the Hired Man ” (7)「雇われ農夫の死」の題材と共通する、と思う。社会の最底辺の人を題材にしている。フロンティア時代の雇われ農夫は、多分、社会の最底辺の人たちであっただろうと推測される。

社会の最底辺の人たちの出来事に温かい目を向けているのだ。












posted by 花井英男 at 20:03| 文学・芸術

2020年05月24日

記憶と向き合うー作家・柳美里と福島の高校生

目撃 !にっぽん「記憶と向き合うー作家・柳美里と福島の高校生」

2020年5月24日 NHK BS1 8:00pm


BS番組を見ていて、この番組を見てしまった。最後まで見ていて、涙が出てきた。

番組内容


福島第1原発から、30キロ。3年前に開校した、福島県立ふたば未来高校の演劇部が、9月17日、新作を上演した。脚本と演出は、柳美里さん。

舞台づくりのもとにしたのは、生徒たちの震災当時の記憶。故郷の思い出。災害の時の生徒達のとるに足らないと思い、語ってこなかった個人的な記憶を、柳美里さんと皆の前で、話すことによって引き出し、一人一人の思い出のモノローグからなる演劇作品を作ることになった。

福島の遠い問題が、自分と関係のないと思っていたこと、知らないとおもっていたこと、懸命に生きる子供たちの思いに感動した。

柳美里の活躍


柳美里の福島での活躍は、新設高校の校歌を作成したエピソードをこのブログで紹介した。

柳美里は、27年南相馬市へ移住した。福島の人の思いを受け止めるには、移住しかないと思ったという。

30年4月自宅を改装し、書店を開店した。演劇活動はその店頭から始まった。書店を訪れたふたば未来学園(福島県広場町)の演劇部員が、柳美里に「一度けいこを見てください」と依頼したことから始まった。


同校を訪れ、この子らと戯曲ができると、自ら上演を申し入れた。震災当時、小学2~4年生だった演劇部員、一人一人から、丁寧に話を聞き、セリフを作っていった。内に秘めた記憶がよみがえり泣き出す子もいた。彼らしか語れない言葉を水路として演劇が必要であると思ったと、柳美里は語る。




posted by 花井英男 at 21:54| 文学・芸術

2020年04月13日

深見けん二の句

深見けん二の句



最近、初めて、深見けん二という俳人の名前を知った。きっかけは、年会誌あゆち第29号2019年度版(愛高教退職者の会 3月発行)に知り合いの方が、寄せた文のタイトルが、「年をとるといふはこのこと春の風(深見謙けん二の句集より)」であった。

たったこれだけの情報に私の心がビビット響いた。早速、図書館に頼んだら、すぐに3冊が手にはいった。読んでいると、難しい言葉は出てこない。読みやすい。深見けん二という俳人を今までまったく知らないでいた。知り合いの方には教えてもらったことにお礼のメールを送った。

俳句に近づきやすい。俳句の世界を楽しめる。読んですぐわかる俳句はうれしい。

「句集花鳥来」 深見けん二句集 から引用します。
 
江戸菖蒲肥後の菖蒲と刈り束ね

湯どうふを食べて涼しくなりにけり

全山の一樹一石送り梅雨

蔀戸を上げし山河に端居かな(しとみどをあげしさんがにはしいかな)

世話人の浴衣の肩のそびやかし

日のさしてをりて秋めく庭の草

みづひきや母に仕える妻の日々

蜻蛉のかさととまりし石ノ上(とんぼうのかさととまりしいしのうえ)


借りた本は、「句集 花鳥来  現代俳句叢書 深見けん二  角川書店」
 
      「四季を読む   深見研けん二  日本放送出版協会」

      「虚子の天地 体験的虚子論   深見 けん二  蝸牛社」
















posted by 花井英男 at 12:20| 文学・芸術