2018年12月16日

日曜美術館 柚木沙彌郎

NHK 日曜美術館

2018年12月16日(日)  午前9時〜9時45分


「うれしくなくちゃ生まれない 染色家 木沙弥柚郎の模様人生」  (ゆのきさみろう)



日曜日の朝は、日曜美術館を見るのが楽しみだ。

今朝は、何気なく、見ていて吸い込まれてしまった。

難しい文字の、「柚木沙弥郎」「ゆのきさみろう」とよぶようだ。

年令は、95才の彩色家。作品が楽しい。6月の再放送だという。

「心が躍るような模様を布地に染める」と紹介している。

ピッタリの表現だ。

素朴で惹きつけられる模様。


「命のある」と表現している。

何と言って表現していいか分からない。

とにかく楽しい模様だ。


「柚木沙弥郎公式サイト」というのがある。

そこには、以下の紹介がある。

news 
展覧会など最新情報
2018.10.5更新

profile
略歴 

works
主な仕事の紹介

library
出版物の紹介web図書館

gallery
過去の展覧会の記録

notebook
柚木沙弥郎雑記帳
2018.12.01更新

Mail

以上。
posted by 花井英男 at 18:32| 文学・芸術

松尾敏男展  松坂屋美術館

松尾敏男展

2018年12月15日(土)

松坂屋美術館 

地下鉄 矢場町

松尾敏男という、名前を聞画家の展覧会を家内と見に行った。

経歴を見ると、1926年3月9日 - 2016年8月4日、日本画家、日本芸術院会員、日本美術院理事長。多摩美術大学元教授。

すごい経歴の人だ。

私は田淵俊夫などが好きだ。



興味がわいた。


入口の絵から見始めると、抽象画から始まった。

難しい。これは苦手だ。

堅山南風に40年間師事したという。

小学校時代から、絵を描くの好きだった。入選し、中学校でも入選した。
高校卒業し、本格的に、堅山南風に学んだ。


初期の抽象的な作品は、入選した。

ある時期から、抽象画を脱した。ボタンの絵など見て分かる絵だ。

分かりやすい花の絵だ。


「翠園」(すいえんと呼ぶのか)というタイトルの絵。2001年作。衆議院蔵。

紫と白のしょうぶの花の絵。



途中で、生涯と作品をビデオ解説のところで一服した。

長崎県出身で、3歳の時に東京に引っ越した。長崎出身であることを名誉にしていると。

眺めの良いホテルの部屋から、長崎の坂の多い街を眺めて絵を描く場面が出た。

細かく、本当に細かく、隅々まで長崎の街と遠くの山を描いていた。すごいと思った。

それを全部、うすい何色か言い難いが、その色で消してしまい、真っ黒に近い色にしてしまった。


驚いた。


どうするんだろうと思った。出来上がった絵は、長崎の夜景だ。

そのほとんど真っ黒に塗った画面に、灯りを示す、黄色の小さな点を付けた。


人々の住む街。人の心を表そうとしたという。

ほのぼのとした夜景だ。



帰りは、屏風の絵の作品のポストカードを1枚買った。


中日ビルの洋服店に、購入したズボンを引き取りに行った。

2階のサンモリッツで昼食をとった。ここで食事をするのも最後かもしれない。

中日カルチャーセンターの講座の後は、数人でここにきて、お茶をすることにしていた。

今度の久屋中日ビルには、喫茶店がない。

地下1階は、もう閉店にした店が多くなった。寂しくなった。











posted by 花井英男 at 08:42| 文学・芸術

2018年11月09日

中日文化センター 英詩を読む

中日文化センター

英詩を読む

―EliotからDe la Mareをふり返るー



テキスト
Waler De la Mare The Listners, and Other Poems
Edinburgh U.P.,1912; Middletown, DE, 2018.

ウオルター・デラメア 『耳を澄ますものたち 他』
村松伸一訳  沖積社、2012.


Modernismから旗手として現れたEliotの詩は、どのような「期待の地平線」上に出現したのかーーEliot詩に先行するGeorgian Poetryの代表的詩人として
Walter De la Mare をとり上げ、その詩の理念、感情の様式、文体を検証したいと思います。


講師: 名古屋大学名誉教授 岩崎宗治  文学博士

開講日:第2・第4木曜日13:30〜15:00

会場:久屋 中日ビル



2018年11月8日(木)


この講座は、毎回、詩の内容に関するハンドアウトが出ていた。今回から、ない。参加者の皆さん、今日はどんなハンドアウトが出るか楽しみにしている。
先生が言われるには、アリュージョンがないから。


エリオットは、allusionの傾向が強い。ギリシャ神話、ハムレット、聖書、ダンテの神曲などから。
エリオットは、最初は、ページ数が足りないから、注はつけなかったが、Waste
Landから注を書き加えた。ページ数を増やすため。


いよいよデラメアの詩の講座が始まった。
エリオットの「荒地」(1922) は、「地獄の世界」、「四つの四重奏」(1943)(は「煉獄の世界」、デラメアの世界、「耳を澄ますものたち 他」(1912)は、「ありふれた現実の世界」という感じがする。

現実世界に戻ってきた、という安心感がある。普通の世界だなあという感じがする。
平凡な日常的世界の中に、静寂さ、静ひつの世界がある。安らぎがある。


「荒地」(1922)は、第1次大戦(1914−1918)後の世界の荒廃状況を反映している。歴史も文化も発展もない、状況を反映している。歴史も文化も否定している。読んでいても、息苦しくなる状況、読みたくない気持ちになる。


 先日、パリでは、今年が、第1次大戦終了後、100年になるということで、記念の催しが行われた。犠牲者が、1800万人、行方不明者が沢山いると言われている。それくらい大変の戦であった。T.S.エリオット(1888年 - 1965年)は、第1次大戦を経験し、その後の荒廃状況を詩に歌った。

その英詩の世界は、救いのない世界であると言ってもよい。その中に、再生神話を入れた。望みを持とうとした。

「四つの四重奏」(1943)は、ほのかに望みのある世界が垣間見える。「煉獄」という言葉は、日本文化にはない言葉だ。「煉獄」という言葉は、カトリックの教理で、「小罪」を犯した死者の霊魂が天国に入る前に、火によって罪の浄化を受けるとされる場所、およびその状態。天国と地獄の間にあるという。ダンテが「神曲」の中で描写。

煉獄の世界は、「この世のいのちの終わりと天国との間に多くの人が経ると教えられる清めの期間」と説明されている。岩崎宗治先生の論文によれば、「四つの四重奏」は、「統一の世界」。混乱状態、破壊の状態であった、「荒地」の世界から抜け出して、統一のある世界に到達した世界という気持ちになれる。

私は、岩崎宗治先生が29歳のころの英文学者として、学会にデビュウした頃の、論文、「T.S.エリオットの「『四つの四重奏』:UNITYの詩」英文学研究35巻1号。1958年11月号が大変参考になった。

こういう風に3つに分類するのは、シンプルに言ってしまうのは、危ないかもしれない。いい加減になるかもしれない。それは承知の上で言っている。

デラメアの世界、「耳を澄ますものたち、他」(1912)は、第1次世界大戦の前の、平和な、悪く言えば、ぬるま湯の中の世界か、あるいは、戦争に突き進んでいった頃のイギリスの中のどかな状態と言えるかもしれない。これがイギリスのジョージア王朝の雰囲気かもしれない。

もっと調べなくてはいけない。こういうデラウェアの描くような平和な世界も大切だ。

この独特の世界を詩に読んでいる。


今日とり上げた詩は、

三本のサクラ

老スーザン

老ベン

ミスルー

4つの詩だった。








posted by 花井英男 at 19:58| 文学・芸術