2019年01月14日

プラハの春とチャスラフスカヤ

2019年1月13日(日)夜7時54分〜9時48分

現代史を歩く
日曜ゴールデンの池上ワールド
池上彰の現代史を歩く


〜Walking through Modern History〜
第13回 東京五輪の“名花”の激動人生
自由を求めた不屈の闘い プラハの春




チェコスロヴァキアの街は、まるで、建築の博物館をみるようなすばらしさがあると映像を写しながら、歴史的な建造物、橋などを紹介した。

番組はこのように始まった。


この番組を見て、改めて、プラハの春、それに続く、ソ連軍による弾圧、20年後のビロード革命の歴史の歩みを学んだ。



1968年1月5日  ドプチェクが、チェコスロバキア共産党第一書記に就任した。「人間の顔をした社会主義」を唱え、これまでの社会主義政権を改めようという健全な動きが出た。


この動きに対して、ソ連始め、ワルシャワ条約機構は警戒し、チェコスロバキアに対して、弾圧を開始した。
それに対して、

1968年6月27日  二千語宣言が、主要な新聞紙上に発表された。


「プラハの春」を支持する署名に参加した人の中には、東京オッリンピックで活躍した、チャスラフスカヤ、人間機関車・ザトペックもいた。

ソ連などは「反革命」の兆候であると受け取った。弾圧が始まった。

民衆は、武器を持たずに戦った。

チャスラフスカヤに対して、署名を撤回するように当局は働き続けた。しかしそれには応じなかった。
オリンピック直前にようやく出国が許可された。
メキシコオリンピックに、抗議の気持ちの黒(濃紺)のレオタード姿で出場したことは有名である。

1989年11月9日 ベルリンの壁が崩壊し、解放された。



その後11月16日までには、チェコスロバキア周辺のほとんどの共産党国家が、共産党一党独裁支配を放棄し始めた。

20年間の運動が実った。

1989年11月17日  チェコスロバキアで、ビロード革命(静かな革命)が成功した。

武器を使わない革命だった。
チェコスロバキア国民は、これら一連の動きを国内外のテレビ放送を通じてすべてリアルタイムで把握しており、反体制派の市民らは民主化デモの準備を進めた。

ビロード革命はこのようにして成功した。

チャスラフスカはハベル大統領のアドバイザー及びチェコ・日本協会の名誉総裁に就任した。大統領府を辞した後には、チェコオリンピック委員会の総裁も務めている。
現在に至る。

チャスラフスカヤは、体操選手の資格を奪われ、身をひそめて生活したり、清掃婦として生活をした、というエピソードが紹介された。

チャスラフスカヤは、2011年には、東日本大震災には、日本を訪ずれ、見舞いに東北に来た。
101才の国際審判員を務めた、日本人女性を訪れた。

2016年74才、がんのため亡くなった。2020年の東京オリンピックには、行くからと言っていたことを紹介した。

何よりも、二千語宣言に署名し、民主化運動に参加し、筋を曲げなかったことを賞賛したいと思います。



posted by 花井英男 at 15:45| 戦争・平和

2019年01月07日

今上天皇・平成天皇のこと

今上天皇・平成天皇のこと


天皇陛下85才、最後の誕生日会見を始め、天皇の生い立ちや、在位中にのご活躍、成長過程など、TV放送がいくつかなされた。
天皇の人柄の素晴らしさにほれぼれした。

12月23日、天皇は、20分間にわたって、戦争と戦後日本の歩みを振り返りながら、「平成が戦争のない時代としておわろうとしていることに、安堵しています。」と述べた。平成天皇は、幼児から青年時代に至るまで、戦争の時代の中で生きてこられた。いかに平和が大事かを身を持って体験された。

皇室という特殊な環境の中で、3歳の時には、母親の下から切り離されて育てられた。大人ばかりの中で生活してきた。ご自分の異常な環境を意識され、世事に疎いので、それを支えてくれる伴侶を求めたという。

天皇の子ども時代のエピソードが紹介された。学校時代の友達同士の会話が紹介された。教師たちは、子ども達の中で育っていく状況を観察していたと述べた。


バイニング婦人(アメリカ人)とか、小泉信三侍従長(慶応大学教授)など素晴らしい環境に恵まれたと思われる。

20分間の話の中に、象徴天皇としての良識がいっぱい詰まっている素晴らしい内容であった。

平成天皇の生涯について、番組がTV放送された。その中で、昭和天皇の名代として、エリザベス女王戴冠式に訪英されたとき、太平洋戦争の時に、イギリス兵の捕虜に対する残酷な扱いを日本軍がしたために、イギリスでは、皇太子訪英の時に、デモなど反日感情がわき起こった。

その時に、チャーチル首相が、野党やマスコミ関係者、反対運動をする人たちを招待して、反日感情を収め、無事、皇太子が訪英できる環境を作った。皇太子は、チャーチル首相の行為に感謝する挨拶をされたというエピソードが紹介された。

日本が戦争に歩んだ道、皇后さまと重ねた慰霊の旅、被災地訪問の旅、障害者や日系人や外国人労働者への思いを語った。

沖縄の人々が耐え続けた犠牲にも心を寄せられた。
日本人として私たちが忘れてしまっている沖縄のことをいつも心を寄せていた。



皇后陛下に対して、「結婚以来常に歩みをともにし、私の考えを理解し、私の立場と勤めを支えて来てくれました。」と感謝の言葉を表された。

すばらしい夫婦だと思う。


平和を築いてこられた天皇に有難うと感謝の気持ちを表したいと思います。





posted by 花井英男 at 12:48| 戦争・平和

2018年12月04日

杉原千畝広場(すぎはらちうねひろば)を訪ねて

杉原千畝広場(すぎはらちうねひろば)を訪ねて

センポ・スギハラ・メモリアル


12月4日(火)、天候もよいので、母校・県立瑞陵高校(瑞穂区北原町9)の杉原千畝広場を訪ねた。

杉原千畝の紹介について、ウィキペディアから引用します。

「杉原 千畝(すぎはら ちうね、1900年(明治33年)1月1日 - 1986年(昭和61年)7月31日)は日本の元国家公務員(外交官)。

第二次世界大戦中、リトアニアのカウナス領事館に赴任していた杉原は、ナチス・ドイツの迫害によりポーランド等欧州各地から逃れてきた難民たちの窮状に同情。1940年7月から8月にかけて、外務省からの訓令に反して、大量のビザ(通過査証)を発給し、およそ6,000人にのぼる避難民を救ったことで知られる。その避難民の多くが、ユダヤ人系であった。」

杉原千畝は、愛知県の第5中学校・現 愛知県立瑞陵高校の出身であるということで、2018年秋に、杉原の功績をを讃えて、母校・県立瑞陵高校に、杉原千畝広場・センポ スギハラ メモリアルが開設された。

十数人の人たちが来ていた。正門の西側にこの施設はある。生徒用の入り口とは別に入口がある。


始めの所から掲示板を読んでいたら、知り合いの尾鍋さんから、挨拶をされた。ちょうど瑞穂区年金者組合のメンバーが、今日は、史跡めぐりを始めた所だった。
一緒に写真撮影に入るように誘われた。パンフッレットを頂いた。彼も私も瑞陵出身。


施設案内があり、4部構成になっている。
Aは、決断と希望、

Bは、運命のビザ、

Cは、杉原千畝の生涯、

Dは、歴史と継承。


中央に、杉原氏が、ユダヤ人家族(夫婦と子ども)にビザを渡す、ブロンズ像


開館記念の日に、同窓生の成田君に行こうと誘われたが、「すぐ近くだから、家の近くだから、いつでも行けるから」と断った。後から、しまった行けばよかったと思った。その資料は、それ以後は見られない。


見学者は次から次へと来場した。資料は余りにも多すぎて、読むのにエネルギーが、いる。又、来ればいいと思い、簡単に見ることにした。

東京(日本政府・外務省)からはビザの発給は断れと言われたが、どうしてこれが断れようかと、戦後、日本に帰国した、杉原は、フジテレビの質問に答えている。

杉原が発行したとされる、2000通以上の通過ビザの現物のコピーが展示されていた。ナチスヒトラーに追われて、命からがら、助けを求めて、列を作って沢山のユダヤ人たちが、領事館の前に並んだという。

自由にお取りくださいということで、A4のパンフレットが置いてあった。


ふと、私は、沖縄での辺野古のことが浮かんだ。沖縄の人たちは、今、辺野古に基地を作らせない闘いをしている。もう沖縄には、基地はいらない。安倍は、アメリカの言いなりになって、トランプのご機嫌取りの政治をしている。どこまで日本人を苦しめるのかと、いつも静かな怒りを持っている。

北朝鮮は、韓国の大統領の計らいで、仲良くなろうとしている。東アジアの平和は、希望が見えてきた。このような情勢の中で、東アジアの平和に貢献する時が来ている。軍事緊張は減りつつある。減らしていかなければいけない。

安倍は、東アジアの平和を創ろうとせずに、壊そうとしている。北朝鮮に圧力を加えよう、制裁を加えようとしている。率先して、北朝鮮と仲直りをしようという気持ちがない。韓国の大統領が、困難な仕事をしていると思う。

今までの北朝鮮と仲直りをするわけだから、相当な時間が必要になるだろう。それを手助けするのが日本の役割ではないか。安倍は、妨害こそすれ、支援はしない。沖縄は、東アジアの軍事の要の役割をしてきた。

このようなときに、沖縄を軍事基地の要としての役割は、終止符を打つべきだ。今まで、北朝鮮があるから、米軍基地は必要だ、という考えだった。これからは、日米の安保体制は、経済的にも。軍事的にも、平和の方向に向けていかなければいけない。

そのようなときに、沖縄の基地負担は、もうごめんだと言う意思表示を、沖縄県民がした。新しい沖縄県知事に前衆院議員の玉城デニー氏が選ばれた。前回知事選の翁長 雄志氏の得票を上回り、復帰後の知事選では過去最多得票での勝利である。

沖縄の米軍基地は、撤去すべきだ。辺野古の施設は作らない。作る必要はない。

現職知事在任中に亡くなった、翁長雄志知事は、市議、県議、那覇市長時代、自民党だった。自民党の幹部だった。それが革新に志を変えた。保守から革新に志を変える政治家は結構いる。


外国人材の法律にしても、給料も、待遇も、一人前に扱わない。ひどい人権侵害をしてきた。安倍の暴走政治には毎日、怒りを抱えている人は多いと思う。良心的な保守の政治家の出現を望んでいる。

安倍首相は、1機150億円の米国製戦闘機F35を最大100機追加購入することを検討しいる。トランプ大統領は、11月30日、アルゼンチンのブエノスアイレスで、安倍首相と会談。「日本がF35など米戦闘機を大量に購入することを高く評価する」と語り、大歓迎した。


日本はすでに、F35を42機導入することを決定している。F35はエンジンなど多数の欠陥で開発が長びいている。しかし、米政府監査院は、F35には、「966件の技術的問題点が見つかった」とする報告書を発表した。開発はさらに遅れ、価格も高騰する見込みです。

福祉予算を削り、軍事費を増大させる安倍政権は一刻も早く退陣してもらいたいと思う。










posted by 花井英男 at 12:17| 戦争・平和