2024年07月06日

ようこそ先輩、課外授業、福島智さん

ようこそ先輩、課外授業  NHK  2024年7月5日

福島智さん 全盲ろう者  東京大学 教授

福島智さんが、母校の小学校で、課外授業をした。子供たちに、「目が見えない、耳が聞こえない」という世界がどういうものか、実体験してもらうものだった。全盲聾の人は、全国に、1万4千人いるという。

この小学校での授業に、母親も出演した。障害児を抱えた母親の辛さは、大変なものだと思う。あきらめるか、親子関係がひどいものになるか、苦労は人知れないものだと思う。ここで驚いたのは、わが子に、指文字を教えたことだ。指文字の発明者だ。

小学校の子供たちは、指文字を書いて、伝達をすることをしていた。五十音のあいうえおを書いていたのだろうか。分からない。徐々に、失明し、耳が聞こえなくなっていたので、指文字の伝達手段がみつかったのか?お母さんは大変明るいものの話し方をする人のように見えた。

障害を持った人に対して、「能力主義」・メリトクラシーの考え方から、見下す考え方が出やすい。人間関係もひどくなりやすい、と思う。

この番組を紹介したのは、池上彰だった。この番組に同時に出演したのは、福島智さんの両サイドに、座っていた、2人の女性。指通訳者の役割果たしていた。

このような障害を持つ人が、東京大学の教授になった。もちろん、ただ一人だ。同じような障害を持つ人は、ヘレンケラーだ。

以下、ウィキペディアから引用させてもらいます。

福島 智(ふくしま さとし、1962年12月25日 - )は、日本のバリアフリー研究者。東京大学教授。学位は、博士(学術)(東京大学・論文博士・2008年)。専門は、バリアフリー教育、障害学、障害者福祉、アクセシビリティ。

社会福祉法人全国盲ろう者協会理事。世界盲ろう者連盟アジア地域代表。世界で初めて常勤の大学教員となった盲ろう者。

来歴
兵庫県神戸市出身。生後5ヶ月で眼病を患い3歳で右目、9歳で左目を失明する。18歳のときに特発性難聴で失聴し全盲ろう者になる。18歳までの音の記憶が残っており、自分の声を聴くことはできないが、よどみなく口で発話する事ができる。実際、講義や講演会でも発声して話している。神戸出身のため、日常生活では関西弁を話す。また、ピアノの演奏も行う。

母・令子の考案した指点字を使い、会話とコミュニケーションをはかる。この指点字は全国の盲ろう者に広く知られ、盲ろう者のコミュニケーション手段の新たな選択肢となる。

1983年、盲ろう者として日本で初めて大学へ入学(東京都立大学人文学部)。金沢大学教育学部助教授、東京大学先端科学技術研究センター准教授を経て、現職。

1995年に手話通訳士の光成沢美と結婚(のちに離婚)。1996年、母親の令子とともに吉川英治文化賞受賞。2003年には、米国の週刊誌TIME誌(2003年4月28日号)で「アジアの英雄」に選ばれる。2005年、適応障害と診断される。以後、再発を繰り返している。

2008年、盲ろう者として世界で初めて大学の常勤教員となる[2]。同年に出演したNHK「課外授業 ようこそ先輩」『みんな生きていればいい』の回は、日本賞グランプリおよび「コンテンツ部門 青少年向けカテゴリー 外務大臣賞」を受賞。

2015年に本間一夫文化賞を受賞。同年、20歳以上年下の指点字通訳者と再婚。

大学でバリアフリー論、障害学(Disability Studies)の研究と教育に従事する一方、盲ろう者を含めた障害者の福祉増進を目指す社会的活動に取り組む。

2022年11月4日、福島の生い立ちを描いた映画『桜色の風が咲く』が公開された。


学歴
1982年3月 - 筑波大学附属盲学校高等部普通科 卒業
1987年3月 - 東京都立大学人文学部人文科学科教育学専攻 卒業
1989年3月 - 東京都立大学大学院人文科学研究科教育学専攻修士課程 修了
1992年3月 - 東京都立大学大学院人文科学研究科教育学専攻博士課程単位取得満期退学
2008年5月 - 東京大学より博士(学術)の学位を取得(博士論文:「福島智における視覚・聴覚の喪失と「指点字」を用いたコミュニケーション再構築の過程に関する研究」)

職歴
1996年7月 - 東京都立大学人文学部 助手
1996年12月 - 金沢大学教育学部 助教授
2001年4月 - 東京大学先端科学技術研究センター 助教授
2007年4月 - 東京大学先端科学技術研究センター 准教授
2008年10月 - 東京大学先端科学技術研究センター教授







posted by 花井英男 at 11:08| 教育

2021年10月25日

コロナの死者数など

中国、日本、韓国、ベトナム、台湾・東アジア地域(大まかに)のコロナの死者の数

中国   5695   (WHO発表)

日本 18194


韓国  2766

ベトナム  18017

台湾  846


 死者の数は、毎日、動いております。

 ネット上の数を調べてみました。ある政党の演説会で、医師が日本のコロナの死者の数と他の国の数を比  較して、政治の責任について、意見発表をしました。それを紹介します。

 改めて私は調べました。
 東アジアの死者数でした。上記の国別の死者数は、医師の話を参考にして、私自身が調べた数です。


 コロナの死者の数を引用した、医師の発言の趣旨は、日本の死者の数は、中国、韓国、台湾に比べて、非常に高い。これはなぜか?という疑問です。

 また、これだけ死者を出したのは、自公政権の責任だというものです。

 そういえばそうだなあと思いました。

 その医師の発言・主張によりますと、こんなに死者が出たのは、2つ原因がある。

一つは、ゴーツーキャンペーンをコロナが流行っている時に、自民党政府(自公政権)がやったからだ。これでコロナが一層まん延したんだ!!



もう一つは、コロナが流行っている時に、オリンピックをしたからだ

 この説明には納得しました。感染者がなぜこんなに増えるのだろうと、当時思いました。オリンピックで浮足立つ感じがありました。

 コロナの感染者の数が、毎日、うなぎのぼりに増えていったときは、生きた心地がしませんでした。どうしたらいいんだ、どうなるんだと思いました。

  そもそも、自民党に対して、不信感があります。

  太平洋戦争を賛美する靖国神社に参拝する、自民党の国会議員の姿勢が納得できません。あれだけたくさんの犠牲者を出した戦争を賛美する宗教団体が存在することに疑問を持ちます。
  
  若者が生きにくくなる、弱肉強食の社会を作る、派遣法を自民党政権が作ったことです。なんでも自己 責任とする自民党の考え方です。新自由主義の考え方です。弱者を作る仕組みを作り、弱者に自己責任を
おしつける仕組みは、庶民に優しい政治ではありません

 私には、納得ができないことがいくつかあります。その一つは、
 
私は高校に勤務していたころに、派遣法・派遣社員制度ができました。こんな制度を造ったら、若者は生きづらくなる、と職場の仲間と話し合っていました。



 
正にその通りの世の中になってしまいました。こんなに若者がひどい状態になってしまったのは、自公政権のせいです。


 結婚をしたい、家を持ちたい、という若者の素朴な希望を打ち砕いてしまったのは、自公政権です。

 若者にに希望を持たせる政治を期待しします。


何よりも命が大切です。

       









posted by 花井英男 at 11:48| 教育

2020年05月31日

サード・プレイスの必要性

NHKマイあさラジオ
2020年5月31日 6時台後半

サンデーエッセー: 高坂勝

サード・プレイスの必要性:高坂勝   NPO法人理事



日曜日の朝、気持ちよく目覚めて、NHKラジオの放送を聞いていた。
「サード・プレイスの必要性」という題の、高坂勝さんの話に感心した。「サード・プレイス」という言葉は、初めて聞いた。引きこもりの青年に対する支援の具体的な話に目の覚めるような感動を覚えた。


 今、世の中に、40代から64歳までの、引きこもりの人口が、60万人。39歳までのひきこもりが、54万人、と言われる世の中だ。大学を出て就職して、理不尽な処遇にあって社会復帰出来ない人が増えている。小中学校時代に、不登校から引きこもりになる人もいる。


今日の放送ではコメ作りの作業に参加した、20代から引きこもりだったが、30代半ばで、社会復帰した青年の話を紹介した。
高坂さんがしている「コメ作り」に参加した、ひきこもりの青年が自分の人生を歩き始めた。



この青年について事情を書きます。
エピソードを上手に私は記述できないことをお許し下さい。高校時代から30代までひきこもりだった。彼は、「コメ作り」に参加し、一人でせっせと草むしりをしていた。ある時、稲刈りの後、台風が来て「コメ作り」に来ていた、ボランティアの人たちが、仕事の都合で、みな帰ってしまった。


一方、作業の手伝いに続けて参加していた青年に、お礼のメールが殺到した。さらに、はさかけの手伝いにも続けて、この青年が参加していた。そのとき高坂さんが「仕事あるんだけど、やってみない?」と声をかけた。

「やってみたいです」と答えたので。そのまま会社を紹介することになった。青年を連れて行ったときに、会社の担当者が、「履歴書を出してくれない?」といった。すると彼は、「履歴書、書けないです」といった。よく、担当者から、「この空白期間、何してた?」と聞かれるのが怖かった。この空白期間に皆苦しんでいる。


会社の担当者が、その場で空気を察して、「大事なのは、過去でない。未来だよ」と言ってくれた。彼は、この会社には働き続けている。
このように引きこもりの青年に対して、配慮(合理的配慮)をしてくれるところはどれくらいあるだろう。


高坂さんが、この青年を風呂に誘ったら、「オレ、銭湯とか人間が怖いです」といった。一緒にふろに入ったとき、「オレ、何度も死にたい、消えたいと思った」といった。


さて、「サード・プレイス」について。社会学の用語。
“ファースト・プレイス”をその人の自宅で生活を営む場所、
“セカンド・プレイス”は職場、おそらくその人が最も長く時間を過ごす場所。
“サード・プレイス”はコミュニティライフの“アンカー”ともなるべきところで、より創造的な交流が生まれる場所。

アメリカの社会学者レイ・オルデンバーグは、
以下のような場所を、真のサード・プレイスの特徴を備えているという。


無料あるいは安い
食事や飲料が提供されている
アクセスがしやすい、歩いていけるような場所
習慣的に集まってくる
フレンドリーで心地良い
古い友人も新しい友人も見つかるようなところ


高坂勝さんのプロフィール:
「僕が26歳の時に会社員を辞めた理由はシンプルです。性格的に会社員という働き方が絶望的に合っていなかったこれにつきます。」さらに、

「これからの時代に必須なのが「個人で稼ぐ力」。スキルさえ身につければ今は在宅で収入を得る方法にあふれています。そのノウハウを分かりやすく紹介します。」とブログに書いている。


今朝の放送で、高坂さんの引きこもりの青年に対するすばらしい支援の話に感謝します。また、「サード・プレイスの必要性」を実践を通じて話してくれたことに感謝します。



高坂勝さんは、「そ−さぷろじぇくと」は、地方移住とサード・プレイスを進めている。

SOSA Projectとは?
千葉県匝瑳(そうさ)市の「アルカディアの里」を中心に、
都市山村交流を通じての農作業や里山活動をしています。


その目的は、
地域住民の方々と一体となって仕事を創り、Iターンを増やし、
地域のお役に立つこと。
その手始めとして、
都市住民の自給へのニーズに応えるため、
“ マイ田んぼ ” や “ マイ畑 ” を斡旋提供し、
冬水田んぼ(冬期湛水不耕起栽培)の米作などに取り組んできました。






posted by 花井英男 at 16:49| 教育