2020年05月31日

サード・プレイスの必要性

NHKマイあさラジオ
2020年5月31日 6時台後半

サンデーエッセー: 高坂勝

サード・プレイスの必要性:高坂勝   NPO法人理事



日曜日の朝、気持ちよく目覚めて、NHKラジオの放送を聞いていた。
「サード・プレイスの必要性」という題の、高坂勝さんの話に感心した。「サード・プレイス」という言葉は、初めて聞いた。引きこもりの青年に対する支援の具体的な話に目の覚めるような感動を覚えた。


 今、世の中に、40代から64歳までの、引きこもりの人口が、60万人。39歳までのひきこもりが、54万人、と言われる世の中だ。大学を出て就職して、理不尽な処遇にあって社会復帰出来ない人が増えている。小中学校時代に、不登校から引きこもりになる人もいる。


今日の放送ではコメ作りの作業に参加した、20代から引きこもりだったが、30代半ばで、社会復帰した青年の話を紹介した。
高坂さんがしている「コメ作り」に参加した、ひきこもりの青年が自分の人生を歩き始めた。



この青年について事情を書きます。
エピソードを上手に私は記述できないことをお許し下さい。高校時代から30代までひきこもりだった。彼は、「コメ作り」に参加し、一人でせっせと草むしりをしていた。ある時、稲刈りの後、台風が来て「コメ作り」に来ていた、ボランティアの人たちが、仕事の都合で、みな帰ってしまった。


一方、作業の手伝いに続けて参加していた青年に、お礼のメールが殺到した。さらに、はさかけの手伝いにも続けて、この青年が参加していた。そのとき高坂さんが「仕事あるんだけど、やってみない?」と声をかけた。

「やってみたいです」と答えたので。そのまま会社を紹介することになった。青年を連れて行ったときに、会社の担当者が、「履歴書を出してくれない?」といった。すると彼は、「履歴書、書けないです」といった。よく、担当者から、「この空白期間、何してた?」と聞かれるのが怖かった。この空白期間に皆苦しんでいる。


会社の担当者が、その場で空気を察して、「大事なのは、過去でない。未来だよ」と言ってくれた。彼は、この会社には働き続けている。
このように引きこもりの青年に対して、配慮(合理的配慮)をしてくれるところはどれくらいあるだろう。


高坂さんが、この青年を風呂に誘ったら、「オレ、銭湯とか人間が怖いです」といった。一緒にふろに入ったとき、「オレ、何度も死にたい、消えたいと思った」といった。


さて、「サード・プレイス」について。社会学の用語。
“ファースト・プレイス”をその人の自宅で生活を営む場所、
“セカンド・プレイス”は職場、おそらくその人が最も長く時間を過ごす場所。
“サード・プレイス”はコミュニティライフの“アンカー”ともなるべきところで、より創造的な交流が生まれる場所。

アメリカの社会学者レイ・オルデンバーグは、
以下のような場所を、真のサード・プレイスの特徴を備えているという。


無料あるいは安い
食事や飲料が提供されている
アクセスがしやすい、歩いていけるような場所
習慣的に集まってくる
フレンドリーで心地良い
古い友人も新しい友人も見つかるようなところ


高坂勝さんのプロフィール:
「僕が26歳の時に会社員を辞めた理由はシンプルです。性格的に会社員という働き方が絶望的に合っていなかったこれにつきます。」さらに、

「これからの時代に必須なのが「個人で稼ぐ力」。スキルさえ身につければ今は在宅で収入を得る方法にあふれています。そのノウハウを分かりやすく紹介します。」とブログに書いている。


今朝の放送で、高坂さんの引きこもりの青年に対するすばらしい支援の話に感謝します。また、「サード・プレイスの必要性」を実践を通じて話してくれたことに感謝します。



高坂勝さんは、「そ−さぷろじぇくと」は、地方移住とサード・プレイスを進めている。

SOSA Projectとは?
千葉県匝瑳(そうさ)市の「アルカディアの里」を中心に、
都市山村交流を通じての農作業や里山活動をしています。


その目的は、
地域住民の方々と一体となって仕事を創り、Iターンを増やし、
地域のお役に立つこと。
その手始めとして、
都市住民の自給へのニーズに応えるため、
“ マイ田んぼ ” や “ マイ畑 ” を斡旋提供し、
冬水田んぼ(冬期湛水不耕起栽培)の米作などに取り組んできました。






posted by 花井英男 at 16:49| 教育

2018年11月17日

藤島九一さんを偲ぶ会

ありがとう 九ちゃん
藤島九一さんを偲ぶ会


2018年11月17日(土)12:00〜14:00

ルブラ王山 7階 アンボメ 

会費  3000円

地下鉄「池下駅」



県立緑丘商業高校(守山区)(現在名・県立緑丘高校)に在職した、旧職員13名と藤島さんの奥さんがルブラ王山に集まった。藤島九一さんを偲ぶ会に、集まった人たちが、一人一人、思い出を話した。一高校教員として生涯を過ごした彼はこういう人であったかと、改めて認識を改めた。素晴らしい会であった。


かつて顔見知りであった人が、すっかり、容貌が皆変わってしまって、昔の面影はなかった。分かったのは、3名だけだった。


受付をしているのは、垣内さんだった。どこの人だろう、と思った。後から、これが垣内さんかと確認して挨拶にいった。久しぶりの再会はうれしかった。幹事役の牧さんはすぐわかった。

加藤真さんは分かった。山本千香子さんはわかった。旧姓杉浦さんは言われて分かった。英語の小林さんは、分かった。英語の雑誌CNNenglishを紹介してくれた。


「ヤマコウ」、「ヤマコウ」と言われた、山本紘司さんは、スピーチの時、「ヤマモトコウジです」と挨拶したら、どよめきが起こった。彼も、顔を見て全く分からなかった。そういえば、面影が残っておるなあ、という感じだった。とにかく、50年以上経っている。


懐かしい話を皆さんがした。心置きなくしゃべった。楽しいひと時であった。
藤島九一さんを偲んで、皆が話した。素晴らしいひと時を過ごせた。


この偲ぶ会のために、牧さんがすばらしい栞を作ってくれた。

ありがとう!!!


全部で18頁。表紙を入れて20頁。パソコンを使わず、皆が、手紙に書いたのをコピーしたものであった。すべて手書きである。

以下紹介します。


内容は、

九ちゃんのバスケットボール部員との写真。昭和43年卒業。

藤島九一
さんのあゆみを生誕から81才までの簡単な、県立高校転任校の歩みなど。

創立当時の、旧守山市の緑ヶ丘商業高校の航空写真の全景。



奥さん作成の、通夜、葬儀告別式の日の栞。バスケットボールのゴールリングと板の写真。
九ちゃんと垣内さんと生徒たちの写真の入った、栞。


奥さんの栞の文は、九ちゃんのエピソードを紹介している。
教え子の皆さんから慕われていた。年賀状のやりとり、入院中の見舞いに来てもらったことから、生徒思いであったことを感じることが出来ましたと述べている。


人の名前と顔を覚える記憶力に長けていたこと。
定年退職後は、孫の成長を目を細めて見守っていた。優しい笑顔が甦ります、と奥さんの言葉。


愛高教退職者の会の、「あゆち」会報に出た、加藤真さんの追悼文。
その一部を紹介する。


「生徒たちは九一と呼び捨てだった」
「先生と呼ばれる者にろくな者がいない。俺は九一と呼ばれていい」

「九ちゃん、そう呼ぶことで職場の仲間からも生徒からも、信頼絶大で、九ちゃんの周りには、生徒たちが自然と集まってくる、そんな様子を見て、うらやましく思ったものだ。どれだけ多くの仲間や生徒たちが、元気をもらったことか。」



「あゆち」に出た、九ちゃん自身が書いたの文、「私を護ってくれた亡くなった祖父母―70年前の空襲」。

13名の旧職員の思い出のページ。


瀬戸電の小幡駅と喜多山駅を入れた、緑ヶ丘商業高校、金城学院大学、加藤藤九郎の家、森林公園、小幡温泉、喜多山温泉、小幡緑地などを入れた、手書きの地図。

昔を思い出させる。

昭和42年度と43年度の職員写真。

御参会の方々。(今回の偲ぶ会に参加した人の名簿)



校歌。

「こんにちは赤ちゃん」、「見上げてごらん夜の星を」、「ドナドナ」の歌詞。



九ちゃん有難う!!!

















posted by 花井英男 at 17:40| 教育

2018年11月04日

愛知教育大学 ホームカミングデーに参加

愛知教育大学 ホームカミングデー

日時:2018年11月4日11:30〜16:45

会場と時間:

愛知教育大学

受付:11:30〜12:00  講堂

学食体験:11:30〜12:30  生協HANDS

大学が用意した、食券を生協食堂で出し、みそ豚丼を食べた。子どもづれの若い夫婦もきていた。

大学近況報告:12:30〜13:00 講堂 
 
学長 後藤ひとみ  医学博士

「愛知教育大学の今とこれから」


パワーポイントを使って説明した。
愛知教育大学は、国内で、教員就職率連続8年トップである。学生数は、東京学芸大学、大阪教育大学に次いで、3番目だ。学生数は4300名。教育大学では総合大学。
キャンパスの大きさは、ナゴヤドームの14倍の大きさということだ。
これからは、博士課程の充実が課題と。
明治6年創立から、140年。昭和24年愛知学芸大学以来、来年は大学70周年になり、記念事業を計画している。



アトラクション:
大学職員のマジックショウ&ダンス部によるマジックのある踊り

イタリアのマジックショウで1位を受賞した若い職員によるもの。

子どもに参加しもらおうということで、呼びかけたら、2,3名の子どもたちが手を挙げて、一人の男の子が
堂々と舞台の上に上がって、参加した。テーブルクロスをかけたテーブルが、子どもとマジシャンが合図すると空中に、上がった。結構長い時間、空中に、前後、左右に、動いて、浮いていた。


ホームカミングデーでは、いろいろな催しがあったが、私は、専門の英語科の催しだけに参加した。
卒業して、55年経っており、恩師はすべて亡くなっている。母校に対する愛着は消えない。

愛知教育大学附属高校に9年間、在職したので、このキャンパスに対する愛着は大きい。クラスメイトだった久田晴則君が、広島大学博士課程を出て、母校で、最近まで勤めていたので、愛教大に対する親近感は大きい。

ホームカミングデーに母校に戻り、親睦を深め、交流することはいいことだと思う。

学びの交流会 全学 17講座

 外国語教育研究会   第6回公開講座   
 
  第一共通棟 1階  109教室



この講座は、4年生の授業の一環として行われた。
お茶とお菓子が用意されていた。

4年生の学生が40名位参加した。
教員は、小塚先生、竹内先生、道木先生、他、外国人教師など2名参加。
卒業生は私一人だった。

小塚先生に、私は、外国語科の卒業生であること、県立高校の教員だったこと、最近、修士課程を卒業した、成田君(元県立高校校長)と同期であることを自己紹介した。小塚先生は、喜んでくれた。

講師の伴野先生にも、自己紹介をした。4年生の学生と話ができたことはうれしかった。
小塚先生が司会。竹内先生が2人の講師を紹介した。

「高等学校教員3年目を迎えて」

「私の思う、
現在の高等学校英語教員に求められていること
To be or not to be」

愛知県立昭和高校
英語科教諭 伴野太郎 

初等英語2016年卒


講師のプロフィール
メルボルンに1年留学

パワーポイントを使用。
3年目の教員としてどんな感じで、教員生活を受け止めているか。高校教員の部活動の顧問として、授業後、サッカー部の顧問として、審判として、90分走り回ってくたくたになってしまうこと、

英語検定の国内、英国など国際的な検定試験を8種類くらい紹介していた。県教委がどれくらいの能力を必要としているか。8割以上の取得を希望しているか。実際にはどれくらい取得しているかなど。
学校の雰囲気、進学状況、指導要領、愛知県の英語科目標、
職場の学年の方針、学校の方針など考える。

研究授業をした時のことなど、フレッシュな感覚が伝わってくる。


「小学校英語教科化に向けて
―移行期に知っておくべきことー」

植田小学校教務主任
名前  聞き忘れた。


講師のプロフィール
大分県生まれ。小学校4年から高卒までアメリカ、テネシー州で育つ。
日本を知るために帰国。愛知教育大学英語科へ帰国生徒入学。
天白中学校、愛知教育大学附属名古屋中学校、鳴海中学校を歴任、現在、植田小学校。


パワーポイントを使用。
「帰国子女」という言葉は今使わないと。
「帰国生徒」という。

この先生は、長年アメリカで生活したという経験に基づいて、中学校でも、小学校でも、英語教育の指導的存在として活躍しておられる。英単語と日本語をチャントで覚える工夫をしている。子どもらが簡単に覚えられるのだ。

豊富なアメリカでの体験が、教授法、教育内容など英語教育に生きている。話し方は、ユーモアのある話しぶりだ。アメリカで長い時間教育を受けた、エピソードを入れて話をした。

現在、小学校の先生が、英語教育に孤軍奮闘している様子を紹介した。英語教育をいかに普及するかに指導的存在として活躍されている。

在学中のキャンパスは汚いものだったと述べていた。本当にそのとおりだ。20数年目の私が付属高校に勤務していた頃の雰囲気とはまったく違っていた。

大学の先生たちが招いた価値のある存在だ。


参加の感想



久しぶりに母校に行き大学の雰囲気を味わった。母校はいいものだ。愛知教育大学のホームカミングデーを知ったので、参加した。

キャンパス内にある、愛教大附属高校に9年間勤務したので、キャンパスを久しぶりに見たかった。
友人を誘ったがあいにく忙しいようだった。一人で出かけた。

早く着いたので、キャンパスの中をじっくり散歩した。キャンパスの中は、昔と比べると、改築したりして、全くきれいな雰囲気になった。スクエアという広場には、ベンチ、机つきベンチ、デザインされた丸い芝生の周りの腰かけとか、いろいろな工夫がされてほれぼれする雰囲気だ。


キャンパスのいたるところにデザインされたものが置かれている。潤いのある雰囲気だ。付属高校に勤務していた頃と比べると、各段の違いだ。学長もキャンパスの整備に触れていた。

英語教育について学生たちと一緒に公開講座に参加出来た。英語の勉強はしていきたい。
まだ、英語の勉強をしたいという気持ちがわいてきた。若返った気分だ。

母校のますますの発展を期待します。



  
posted by 花井英男 at 20:01| 教育