2017年04月07日

2017  花見の会

愛高教退職者の会 花見の会
毎年恒例の花見の会が行われた。今年は、2つの花見の会に参加した。

西三河地区の花見の会、亀城公園(城跡)(刈谷市)4月1日(土)
刈谷と言えば、桜の名所は、洲原公園(愛教大と隣接)と亀城公園。



10時、名鉄刈谷市駅集合。
いつも世話をしてくれる、幹事、懐かしい友人に挨拶。案内をくれた幹事にお礼を言う。
懐かしい友人と話が出来るのがうれしい。生存確認と生き様を伝え合う。会えてよかったと思う。
誰々はどうしていると尋ねる。
あいにく小雨が降っていた。
豊田関連企業の街。徳川家康の母於大の方の地なので於大通りという地名がある。標準語の発祥の地であることを誇りにしていると聞いている。
30名位が集まった。
こういう仲間と桜見が出来るのがうれしい。

挨拶があり、ブラブラと町の中を歩いて、亀城公園を目指す。
刈谷地区の高校に勤務した人は、懐かしい気分で歩く。町が変わってしまった。感嘆の声をあげながら歩く。
生徒の家庭訪問で街の中を歩いた記憶があるという。
豊田佐吉の銅像、藩校があったという掲示。
気持よく歩いた。

公園の中は、屋台がいっぱい出ている。

立派な庭園がある。
しばらく、公園の中をあちこち歩く。

昔の勤務した学校の職員の名前が出て、話が弾む。やがて、会場の料亭が出してくれたマイクロバスで刈谷市内をかなり走って料亭に着く。

バスの中でも話が弾む。

宴会では、軽妙な司会の元で、参加者が一人ひとりスピーチをする。



会員だった仲間のエピソードと葬式の話、偲ぶ会を計画したが奥さんから断られたこと。
雪崩で亡くなった栃木の高校生のこと、ビーコンを付けていれば、生徒の命は救えたと登山家として、ビーコンを見せながら実演しての発言。


イートン校と刈谷高校の姉妹校提携のためにイギリスまで行ったAさんの話。
アメリカ人大学教授が戦前に送った青い目の人形の里帰りの企画と県内での展示企画とアメリカとの交流。


高校英語の参考書の、Kさんの出版社の内紛のエピソード。仲よくして頂いたKさん。
高校英語の参考書を出したIさんは、その参考書が4訂を重ねているとのこと。
懐かし同僚だった人のこと。


2017年4月3日(月)
大垣市 墨俣(すのまた)一夜城
尾張地区懇親会


大人20名、孫たちと友達 8人の参加。
JR一宮駅集合。

今年は知り合いのメンバーがいない。墨俣城がみたくて名古屋地区から3名、豊橋から1名参加。歴史的に有名な土地。これは参加しなくてはと思った。
幹事の計画に感謝します。


参加したくなるようにチラシを作ったと幹事の話。
会費も抜群に安くしようと努力して頂いた。

大垣まで行くマイクロバスの中は、子どもたちの声が響き渡りにぎやか。

町の中や田んぼの中を走った。

田んぼの蓮華そうがないねと言う声。さびしい。

参加者の名簿まで作ってくれた。カラー版の当日版まで作ってくれた。

その上、資料として、
大垣市の発行のパンフ、「豊臣秀吉 出世の地 墨俣 一夜城」(大垣市墨俣歴史資料館)


すのまた まちあるきマップ&藤吉郎三十歳の英雄物語 秀吉出世の足がかりをつかんだ一夜城築城を頂いた。


歴史資料館としての城が聳え立つ。
周辺は、道路と水道管の大工事。数年間続く大工事。

屋台がぎっしりと並ぶ。

桜はまだつぼみ。

バスから降りて、資料館まで歩く。
幹事がこまごまと手続きをしてくれた。

5階建ての城の中、階段を上り、展示資料、アニメ風のビデオなどを見て、
窓から下界を見渡す。

長良川が悠々と流れている。

城の前には、藤吉郎の銅像。
橋の上には、ヒョウタン。

1階は、郷土展示室。墨俣の歴史。人のいとなみ。墨俣の自然。


2階は、墨俣城之巻。武功夜話の誕生。旧家前田家(愛知県江南市)で見つかった古文書にまとめられた「武功夜話」のエピソードの紹介。
一夜城築城から稲葉山城攻めまで。

豊田穣氏の軌跡  墨俣とゆかりの深かった直木賞作家豊田穣氏の生涯の紹介。


3階は、立身出世之巻 築城後の戦いから天下統一まで。   秀吉のさまざまな顔。 秀吉を支えた人たち。


4階は、著名人が語る一夜城  作品ギャラリー

5階は、展望室 絶景墨俣。

川沿いの桜の満開風景。


城の近くの懇親会場で交流会。一人一人がスピーチ。

早く食べたい孫たちの「頂きマース」の声。
「ちっと待て。まだまだ」の幹事の声。

ボランティア活動参加の話。
仲よく喧嘩して暮らしていますと。
北米最高峰マッキンリー登山に挑む話。
地域の政治の不正告発に取り組む話。
孫たちを花見の会に連れて来ましたという幹事。

裁判に取り組んでいる話。

「墨俣城は有名なので参加した」と。
などなど賑やかに交流。



今年の花見の会は終わった。

終わり

posted by 花井英男 at 11:17| 日記

2017年01月26日

稀勢の里、横綱昇進おめでとう!

稀勢の里、横綱昇進おめでとう!


日本中が稀勢の里の横綱昇進で沸き立っている。テレビや新聞で、その記事報道を見るのが楽しい。号外も出たという。
私は、稀勢の里が大関になった頃から応援していた。稀勢の里と豪栄道は、将来有望な力士として応援していた。新しい有望な日本人力士も出てきた。

努力の人である。類まれな体力と頑強さ。
これが、最大の強みと言われている。

私は、前から、スポーツ万能の子であったというエピソードと、
努力の人というエピソードにしか知らなかったが、新しいエピソードが紹介された。

それは、「やんちゃで、言うことを聞かない悪い子であった。中学の野球部でも家に帰ってきても、毎日強制的に、走らされていた」という。そういう時があったんだと、稀勢の里は振り返る。

上位陣の中で、激しい勝負を重ねながら、屈しなかった心身は、両親と元横綱隆の里の先代師匠に負うところが大きいという。

元横綱の若乃花が、「勝負は殺されるくらい恐ろしい」ということを言っていた。
相撲は、大変な格闘技だ。

身体づくりは、母親の萩原裕美子さんが支えた。

子どもが好む清涼飲料水は与えず、手料理にこだわった。

本人も、「小さい頃に変なものを食わされていたら、けがをしたかもしれない。」
と話す。

軽度のけが、痛みはあるものの、土俵に上がらなかったのは、1日だけ。

おしん横綱と言われた先代師匠には、「何も考えずに、胃に突っ込むのではなく、食べる順番をしっかり教えてもらった。」という。

「丈夫に産んでくれた両親、先代に感謝している。いろいろ恵まれた状況もあった。自分ではなかなか選べないおのだったし、本当に運がいいと思う。」


今の安倍内閣で、日本は暗い。

何よりも、現在の国会での野党議員の質問に対して、まともに答えていない。現状認識に対して目をそむけている。

非正規の労働者は、20%から37%に上昇しているという。

高校教員時代に、労働者派遣法が出来た。職場では、こんなものが出来たら、滅茶苦茶な世の中になる。
若者に生きる希望が無くなると言われた。その通りになってきた。


一流大学を出ても、派遣社員にしかなれないことが言われている。
若者に希望の持てない社会だ。


どんな大学、短大、専門学校、高校、中学を出ても、一人前の労働者に育てて行く社会にしなくてはいけない。

文部科学省の天下りが報道されている。
安倍内閣の腐敗がここまで浸透している。

少しばかり、給付型奨学金を作って、自民党・公明党は、自慢してくれては、困る。スズメの涙程度だ。

大学の授業料を無償にしている国があるんだ。

教育費の支出は、OECD諸国の中で、日本は、最低のランクだ。

軍事予算を減らせ!

最後は、どうしてもこんな風に嘆きたくなる、日本だ。

終わり



タグ:スポーツ
posted by 花井英男 at 11:18| 日記

2017年01月19日

堀尾一郎絵画展に行く

堀尾一郎絵画展に行く

堀尾一郎のイコン
「エジプトの旅」展
日時:2017年1月15日(日)−1月21日(土)

場所:名古屋市中区、大黒屋画廊
2017年1月19日
堀尾先生は、二科会評議員。



堀尾先生からいつも作品展の案内を頂く。見るのが楽しみなので出かけた。いつもの会場の電気文化会館が耐震工事のため、大黒屋になった。


どこにあるのか、結構探した。偶然、堀尾先生に絵を習っている人と一緒になった。私が案内のはがきを持っているのを見て、一緒に行こうということになった。名古屋の中心の繁華街・飲食街、錦三だ。こんなところ来たことない。


画廊は、菓子屋大黒屋の2階。小さな画廊だ。作品も小さな可愛いサイズのものばかり。大きな作品ばかりを沢山出すので、今回は、拍子抜けだ。

先生によれば、2016年2月、さわやかな風に吹かれてエジプトの遺跡を取材された。
カイロで、考古学博物館、ルクソールからナイル川クルーズ船に乗り、南下し、各地で遺跡を訪ね、

アスワンで下船し、アプシンベル神殿まで砂漠の中を走った。
この感動を、水彩、パステル、ガラス絵にされた。計30点。


8畳位だろうか、とにかく小さい画廊だ。エジプトへいった感想を聞いた。
先生に、「治安は大丈夫でしたか?」「結構大丈夫でした。カイロはちょっと危ないね。」

「どれ位滞在ですか?」「10日間」「ルクソールみたいなところ(田舎)に、美術大学があって驚いた」「ルクソールにパステル画に使う材料を売っている画材店もあったと言われた。などたわいない会話が続いた。

僕は最近どうしているか、聞いてくれた。心療内科に勤めていることを伝えた。

明るい感じの絵ばかりだ。買いたくなるようなかわいい作品ばかりだ。5−6人女性が来ていた。「皆さんと一緒に写真をとりましょう。」と、堀尾先生に言われ、写真を撮ってもらう。

金銭的に買う余裕がない。

すぐに帰った。
「錦三」とはこういうところかと思いながら、飲食店街を眺めながら、県美術館に向かった。
途中、セントラル・パークを通った。ここで面白い発見をした。

この町の商店街の人たちが、この町近辺であった、昔のエピソードの紹介文を出していた。読んで面白い。かっこのいい松を植え、松に関わる昔の人のエピソードの紹介だ。

テレビ塔の下に、水辺というか小川が作ってあり、うるおいがある。
テレビ塔の下に、昔、フェアトレードの店があったのを思い出して、小さな店に入り、尋ねたら、その店だった。アフリカのコーヒーを買って出た。


久しぶりに、テレビ塔に来たので、周辺を見たら、「蕉風発祥の地」の表示が出ていた。芭蕉が、この地を訪ねたとき、俳文集を、尾張藩の藩士たちと出したのが、蕉風が本格的に出だしたという見解のようだ。俳人は、尾張藩の藩士たちだ。面白い。更に、芭蕉の弟子である、3人の俳句の作品も表示してある。
近辺には、彫刻作品もくつかある。静かないいところだ。


県美術館で南風展、連合系の勤労者美術展、デザイナー学院の卒業制作展を見た。県美術館は、ゴーガン、ゴッホ展でにぎわっていた。中日ビルへ向かった。
中日ビルの地下で、季節の食べ物、フナ味噌を買って帰った。真冬に、これを買うのが毎年楽しみだ。

終わり


posted by 花井英男 at 19:29| 日記