岩崎宗治先生
名古屋大学 名誉教授
文学博士(名古屋大学)(1929−2025)
岩崎宗治先生 追悼 2025年12月
名古屋大学 名誉教授
文学博士(名古屋大学)(1929−2025)
岩崎宗治先生 追悼 2025年12月
先生、長い間、有難うございました。安らかにお休みください。先生は、日本の屈指の英文学者として、沢山の業績を残されました。中日文化センターでお世話になり、ありがとうございました。
岩崎宗治先生が今年11月か10月に亡くなられたと、友人の成田重忠君から聞いた。私は、6〜7年前まで、中日文化センター(旧中日ビル)で、イギリス文学の詩、アメリ文学の詩の読書会(20名位の参加者)で、先生のご指導を受けた。私が参加した最後の作品は、大修館書店から出た、先生が注釈を付けたシェイクスピアの作品「ロミオとジュリエット」だった。
最後まで、元気に講座で私たちに、教えてくれました。人格的にも温厚な方で素晴らしい先生だった。大学を退職後、長い間、先生は、中日文化センター(古い中日ビル)でイギリス文学、アメリカ文学の作品を、受講生と一緒に楽しまれた。
私は先生が、中日文化セターで読書会をされていることを知らずにいた。ある日、新聞の広告に中日文化センターの広告に、岩崎宗治先生の講座が載っているのを発見し、参加した。初めて参加したとき、参加者に私を皆さんに親切にも紹介してくれた。「私の愛知教育大学の教え子、花井英男さんです。私の家にケーキをもって訪ねてくれました」と紹介したら、参加者がみな、ワーと大声を上げた。更に「当時、久田晴則君が広島大学大学院博士課程へ、成田重忠君が愛知教育大学大学院へ行った」と紹介した。私たち3羽カラスを覚えていてくれた。
20名位の参加者だった、画家の佐光亜希子さんとイギリス文学&アメリカ文学の作品を読む講座を立ち上げられた。先生は、佐光さんの絵の展覧会が東京であると東京まで行かれた。名古屋で名鉄百貨店であるときは、みんなで参加した。
先生は国からの勲章・褒章を受けるタイプではなかった。反骨精神の持ち主だと思います。読書会には、大学教授だった方が数名参加していた。受賞した方にお祝いを述べておられるのを見た。
先生との出会いは、愛知学芸大学の4年の授業、リチャーズの「科学と詩」の購読だった。当時、学芸大学の同窓生の英米文学雑誌、”direction”に参加した。菊池先生も投稿していた。岩崎先生も卒業生なので、directionに投稿していた。一方、菊池武信先生と作品読書会をやり、菊池先生の提案で、久田晴則君(愛知教育大学名誉教授、今年逝去)、成田重忠君(元県立高校長)、私の3人が卒業記念に英詩の小作品の翻訳を出版した。
なんだか知らないが、能力もないのに、意気込んでいた。先生が、垂水書房の月刊誌に、リチャーズの「文芸批評の原理」の翻訳の連載を始めた。毎回先生から、雑誌を購入し、読むのが楽しみだった。後に、垂水書房から、出版、現在は、岩波文庫から出版。岩崎先生が、岡崎高等師範学校(現在の名古屋大学教育学部)を卒業してから、格下の愛知学芸大学に編入学された。
どうして、学芸大学に編入したか、知りたかった。永田正男という教授・詩人(元岡崎高等師範学校教授)が、学芸大学外国語科に着任して、教えていたからか。岩崎先生は、当時、新進気鋭の学者として先生がたからの評判だった。T.S.エリオットの詩について論文を発表していた。愛知県立女子大学、愛知県立大学、名古屋大学に着任された。県立女子大学在職中に、ケンブリッジ大大学院チャーチルカレッジに留学し、修士号をとった。
ケンブリッジの大学院を卒業することは、相当難しい。先生の留学が1年、延期になったことが、そのころ、相当話題になった。大学研究者の中で大騒ぎをしていたのを聞いた。イギリスの大学卒業、とか、大学院修了は相当難しいという印象を私は持っている。大学の先生がオックスフォードやケンブリッジに留学しても、修士号をとることはない。難しいことなのだ。
先生が、ケンブリッジから帰国されてから、愛知教育大学で、シェイクスピアの集中講義が、夏休み中にあることを、久田君が知らせてくれた。在校生はもちろん、卒業生もみなそろって参加した。大教室に一杯皆が参加した。どういう内容の話だったか、今は覚えていない。今から思うと、もったいないことだと思う。私はこの時、愛教大付属高校に勤務していた。久田君の研究室には時々訪問して話をよくしていた。
先生と偶然、岡崎の町で出会ったことがある。その時、私は私生活で、あることで落ち込んでいた。そのことを話したら、「それに懲りずに頑張りなさい」と励ましてくれた。あるとき、久田君と先生の岡崎のご自宅に訪問したことがある。先生のお宅を拝見することは興味があった。二人で相談して、ケーキを持って行った。奥さんに、ケーキが踊って、壊れていたことを告げられたのを覚えている。
岩崎先生の家を訪問したとき、奥さんから、「私が、風邪をひいた時、全く家事をしてくれない。私の面倒を全く面倒を見てくれない、どう思いますか」と、こぼされたのを記憶している。僕らは、なんと言って、いいか分からなくて困った。奥さんを弁護してやることもできなかった。黙って聞いているだけだった。
ここで少し脱線する。イギリスの大学院の論文作成過程の厳しさについて、徳仁親王の著書のすばらしさを紹介します。
徳仁親王(なるひとしんのう)・今上天皇の著書、「テムズともに 英国の2年間」紀伊国屋書店を最近読了した。親王の皇太子時代のオックスフォード大学大学院の留学生活、修士号とるためにいかに努力されたか、イギリス滞在の生活をいかに楽しんだか、克明に記録をしている。私は一気に2日間で読了した。こんなに面白い本は読んだことがない。学者・研究者として、人格者としての素晴らしい内容の論文だ。
青年時代の親王がいかに努力家であるか、勉強家であるか、いかに達筆家でるか、感心した。更に、著書全体がイギリス文化、イギリス博物誌、というか、風物誌、イギリス文学も数々、出てくる。見学したところをつぶさに記録している。よくこれだけ、記録したものだと感心する。どこを読んでいても、面白い。
徳仁親王は、講演集「水運史から世界の水」NHK出版の著書もある。これも読んでみたいと思う。できたら、オックスフォードから出た英文の著書が読みたい。オックスフォードから名誉法学博士号を受けておられる。
さて岩崎先生に戻る。
先生の翻訳の一部を、岩波文庫のものを、紹介します。岩波文庫から本を出すのは、研究者のステイタスと考えらえている。
T・S・エリオット『四つの四重奏』岩波文庫, 2011
T.S.エリオット『荒地』岩波文庫, 2010
『英国ルネサンス恋愛ソネット集』岩波文庫,2013
ウィリアム・エンプソン『曖昧の七つの型』岩波文庫 上下,