2022年05月01日

揚輝荘散歩と日泰寺へお参り

揚輝荘散歩と日泰寺へお参り

2022年4月30日(土)


覚王山に散歩に行こうと気軽な気持ちで出かけた。
覚王山はほんとに久しぶりだ。

 以前に家内と出掛けた。その時、久しぶりに教え子たちと偶然出会った。
コルセットとサポーターをつけ、楽に歩こうという気持ちだ。
地下鉄の1番出口付近は、賑やかな商店が並び、つい買い物したくなるような小物を売っていた。

 少し歩いたところで、お茶でも飲もうということで店に入った。一服して、歩き始めて、揚輝荘(ようきそう)案内の看板を見て、揚輝荘北園のほうへ歩いた。結構、距離があった。日泰寺参道から結構歩いた。

 高級住宅地帯の入り口と揚輝荘北園の入り口は同じのようだ。揚輝荘の歩道を歩くようにという指示が出ていた。入り口で、ボランティアの方たちが、親切に案内をした。新緑で今が最高の時だ。

 昔、来たときは、工事中だったか、あまり感動しなかった。今回は、順路が示してあって、順に見て回り、ゆっくり解説を読んで、歩けた。今が、ちょうど新緑の時期で、雰囲気がよかった。写真に記録しておこうと思った。

 伴華楼(ばんがろう)という名前が面白い。どうしてもバンガロウという現代の言葉を思い出してしまう。これは、徳川家の座敷に洋室を付け加えて建築されたものという。

 白雲橋という池の上にかかる長い橋が見ものだ。ここは立ち入りできない橋だ。北庭園のシンボルという。この広い橋の上で、演奏会とか、演技をするようだ。写真にとれる景色だ。修学院離宮の千歳橋を模したという。

 少し歩くと、三賞亭という茶室があった。東洋風の建物として写真を撮りたくなった。珍しい植物が植えてあり、名札が付けてあった。ゆっくり見たかったが歩いてしまった。

 南園に行くための狭い通路が延々と続いていた。高級住宅のすきまをぬって歩く形であった。住宅に住む人に迷惑をかけないように静かに歩くように指示が出ていた。こんな風になっているのかと気づいた。

 南庭園には、回遊式枯山水石庭があるということだが、見損ねた。名石、奇石に、五輪塔、大灯籠などがあったというが見逃した。聴松閣という3階建ての迎賓館。外観は「ハーフチンバーの外観」という紹介だが、伝えにくい。チンバーというのは、英語のtimber 「木材」。ハーフ、半分。半分木造建築いうことか。

 中は、食堂暖炉、書斎、応接室、寝室、食堂、廊下ホール、食堂、サンルーム、トイレ、更衣室、舞踏場舞台、舞踏室、地階室などなど地階から2階まで色々な部屋があった。今は、エレベーターが設置してある。

 一番、感動したのは、伊藤次郎左衛門介祐民についての記述である。それは、「1933年(昭和8年)、自らが定めた55歳定年によって公職の一切を辞し、財団法人衆善会を設立すると共に翌1934年にはビルマやインドへ仏跡巡拝の旅に出た。この旅については後に全国各地で講演会を行なっている。

 そのインドでの仏教遺跡巡礼の旅のフィルムが見られたということ。

  2008年 聴松閣、揚輝荘座敷、伴華楼、三賞亭、白雲閣が、名古屋市指定有形文化財に指定。

  2013年 聴松閣開館。

  南園 一般 300円 

  北園  無料

  地下鉄 東山線「覚王山」1番出口から北へ約10分。












posted by 花井英男 at 17:10| 日記