食卓の陶器、花瓶について述べます。焼き物についての思い出を話します。
いつから陶器を買い始めたか、分からない。大した焼き物があるわけではない。コレクターでもない。気づいたら、いつからか、焼もの、陶器、磁器に興味を持ち、釜元を訪ねたこともあった。
そもそもの焼き物に興味を持ち始めたのは、子どもがまだ幼いころ、東北へ家族で旅行をしたことがあった。何県であったか覚えていない。家内は、結構記憶がよくて、正確に覚えている。
東北のどこへ行ったか覚えていない。そこで通りすがりの焼き物の店で買った、薄い青色の鼠色っぽい、四角い皿が、いまだに食卓で使っている。いま、四角い皿が4枚ある。我が家でその四角い皿は、食卓で大切な役割を果たしている。四角い皿が4枚になっていた。気に入った皿を買って4枚になった。
四角い皿の中に、青い磁器の皿がある。染付の青い皿です。もう一枚は、茶色と緑の模様の陶器の皿です。いつも食事の時、皿の模様や色柄をみて楽しんでいる。
職場の同僚の焼き物好きの人と、九州の焼き物の山深い里へ、小鹿田焼(おんたやき)へレンタカーを借りていった。彼の故郷が福岡県なので、彼の実家に泊まらせていただき、そこから行った。
同僚と行ったのは、小石原焼(こいしはらやき)の里、福岡県東峰村小石原と大分県日田市の小鹿田焼(おんたやき) の里だったと思う。
小石原焼の伝統技法「トビカンナ」を内側に施した焼き物で、民芸陶器の素朴で飽きのこないシンプルなデザインの作品です。小石原焼は福岡県東峰村小石原で採れる陶土を原料とする。
その時に、大分県日田市の小鹿田焼(おんたやき) の里へも行った。尺皿刷毛目(はけめ)の大きな皿が今床の間にある。刷毛目の模様がきれいだ。小さな刷毛目の皿が一枚ある。まだ若かりししころです。焼き物に夢中になったころです。民芸陶器に興味を持った。
バーナードリーチや柳宗悦が、日本の隠れた民芸陶器を発掘した。バーナードリーチや柳宗悦の民芸運動に興味を持った。東京の日本民芸館を尋ねたこともある。
民芸館へ行くには、東大の駒場駅を通らなくてはいけない。民芸館に行くつもりが、「東大駒場」駅の真ん前が、東大の駒場の正門、駒場祭をやっていた。応援団が、演技をしているので面白くなってしまった。偶然、東大の駒場祭に出会い、そのお祭りに面白くて見学して、おでんを食ったり、見学をしたりした。
先日は、イオンへ買い物に行き、そこへ有田焼の人が店を広げていた。私は、いつか有田焼の里へ行きたいと思っている。大きなどんぶりを3つ買った。家内が喜んでくれた。私もいい買い物をしたと思っている。大きなどんぶりだが、軽いのだ。「有田焼の町へ行きたい」と言ったら、「有田焼の里は、田舎ですよ」店の人は言った。
食事の時、洗う時、軽いので助かる。「訳アリの商品です」と広告を出して売っていた。どんぶりと言えば、重い。ところが工夫がしてあるようだ。持って食べても、洗っていても軽いのだ。明らかに工夫がしてあると思う。それに、値段がお手頃であった。進化していると思った。
先日、多治見の陶磁器祭りがあった。茶碗が欲しいと私も家内も思っていた。初めてのことだが、ネットで買い物をした。焼き物をネットで買うのは、初めてのことだ。ネットで買うので、少々高かった。やはり、現地で買うほうが安くていい。2度とネットでは買わない。
薩摩焼の思い出。名鉄百貨店で鹿児島県の物産展で、薩摩焼の花瓶を買った。ずいぶん昔のことだ。まだ、現役で働いていた時だった。一度、鹿児島へ薩摩焼の窯元を見に行きたいという気持ちをもっていることを出店者に伝えた。その時、店の人に色々話を聞くのが面白かった。店の人が値段を負けてやるといって確か、7千円で素晴らしい花瓶を買った。
鹿児島と言えば、行動療法学会があったとき、何代も続く沈寿官の屋敷に見学に行った。高いので買わなかった。鹿児島の印象は、鹿児島中央駅に前にそびえたつ、薩摩藩の留学生たちの像に圧倒された。
今、大河ドラマ「青天を衝け」で放映されている。パリの万国博(1867年)で、薩摩藩の若い留学生たちの活躍で、薩摩焼の花瓶を出品して、徳川慶喜の江戸幕府の関係者を出し抜いて、びっくり仰天させたという。「薩摩藩」という国があるかのように振舞ったのだ。幕府の関係者は、さぞかし憤慨しただろう。
この時のエピソードは、ウィキペディアを参考にします。
「幕府からは将軍徳川慶喜の弟で御三卿・清水家当主の徳川昭武(この時15歳)らが派遣された。一方、薩摩藩からは家老の岩下方平らが派遣された。
薩摩藩は「日本薩摩琉球国太守政府」の名で幕府とは別に展示し、独自の勲章(薩摩琉球国勲章)まで作成した。幕府は薩摩藩に抗議したが聞き入れられず、幕末の政争が如実に現れた万博となった。この時、幕府もフランスで勲章外交を行うために独自の勲章制作を開始したが、結局、間もなく幕府は倒れ、幻となった(葵勲章)。」
この時、渋沢栄一が、徳川昭武の側近として随行した。
「薩摩焼は、1867年(慶応3)の第2回パリ万国博覧会に出展され、ヨーロッパで高い評価を得ました。それから 140年目にあたる2007年、これを記念した展覧会「薩摩焼パリ伝統美展」が、世界最高峰の陶磁器専門美術館として知られるフランス国立陶磁器美術館(セーブル美術館)で開かれ、好評を博しました。 」
去年、堀尾一郎先生の瀬戸市美術館で開催された展覧会に行った。帰りに、瀬戸駅の近くの陶器店で大きな陶器の皿を3枚買った。久しぶりの瀬戸だった。知り合いのNさんの勤めるクリニックの看板を見た。やはり、窯元が沢山ある店で買うのが安くて、いい買い物ができた。家内にも喜んでもらえた。
先日、家内が、名古屋駅に出かけた時、高島屋で小皿を買ってきた。名古屋駅に出かけることなんてめったにない。センスのいい買い物だ。愛用している。
こんな調子で、焼き物を楽しんでいます。
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