2018年11月09日

中日文化センター 英詩を読む

中日文化センター

英詩を読む

―EliotからDe la Mareをふり返るー



テキスト
Waler De la Mare The Listners, and Other Poems
Edinburgh U.P.,1912; Middletown, DE, 2018.

ウオルター・デラメア 『耳を澄ますものたち 他』
村松伸一訳  沖積社、2012.


Modernismから旗手として現れたEliotの詩は、どのような「期待の地平線」上に出現したのかーーEliot詩に先行するGeorgian Poetryの代表的詩人として
Walter De la Mare をとり上げ、その詩の理念、感情の様式、文体を検証したいと思います。


講師: 名古屋大学名誉教授 岩崎宗治  文学博士

開講日:第2・第4木曜日13:30〜15:00

会場:久屋 中日ビル



2018年11月8日(木)


この講座は、毎回、詩の内容に関するハンドアウトが出ていた。今回から、ない。参加者の皆さん、今日はどんなハンドアウトが出るか楽しみにしている。
先生が言われるには、アリュージョンがないから。


エリオットは、allusionの傾向が強い。ギリシャ神話、ハムレット、聖書、ダンテの神曲などから。
エリオットは、最初は、ページ数が足りないから、注はつけなかったが、Waste
Landから注を書き加えた。ページ数を増やすため。


いよいよデラメアの詩の講座が始まった。
エリオットの「荒地」(1922) は、「地獄の世界」、「四つの四重奏」(1943)(は「煉獄の世界」、デラメアの世界、「耳を澄ますものたち 他」(1912)は、「ありふれた現実の世界」という感じがする。

現実世界に戻ってきた、という安心感がある。普通の世界だなあという感じがする。
平凡な日常的世界の中に、静寂さ、静ひつの世界がある。安らぎがある。


「荒地」(1922)は、第1次大戦(1914−1918)後の世界の荒廃状況を反映している。歴史も文化も発展もない、状況を反映している。歴史も文化も否定している。読んでいても、息苦しくなる状況、読みたくない気持ちになる。


 先日、パリでは、今年が、第1次大戦終了後、100年になるということで、記念の催しが行われた。犠牲者が、1800万人、行方不明者が沢山いると言われている。それくらい大変の戦であった。T.S.エリオット(1888年 - 1965年)は、第1次大戦を経験し、その後の荒廃状況を詩に歌った。

その英詩の世界は、救いのない世界であると言ってもよい。その中に、再生神話を入れた。望みを持とうとした。

「四つの四重奏」(1943)は、ほのかに望みのある世界が垣間見える。「煉獄」という言葉は、日本文化にはない言葉だ。「煉獄」という言葉は、カトリックの教理で、「小罪」を犯した死者の霊魂が天国に入る前に、火によって罪の浄化を受けるとされる場所、およびその状態。天国と地獄の間にあるという。ダンテが「神曲」の中で描写。

煉獄の世界は、「この世のいのちの終わりと天国との間に多くの人が経ると教えられる清めの期間」と説明されている。岩崎宗治先生の論文によれば、「四つの四重奏」は、「統一の世界」。混乱状態、破壊の状態であった、「荒地」の世界から抜け出して、統一のある世界に到達した世界という気持ちになれる。

私は、岩崎宗治先生が29歳のころの英文学者として、学会にデビュウした頃の、論文、「T.S.エリオットの「『四つの四重奏』:UNITYの詩」英文学研究35巻1号。1958年11月号が大変参考になった。

こういう風に3つに分類するのは、シンプルに言ってしまうのは、危ないかもしれない。いい加減になるかもしれない。それは承知の上で言っている。

デラメアの世界、「耳を澄ますものたち、他」(1912)は、第1次世界大戦の前の、平和な、悪く言えば、ぬるま湯の中の世界か、あるいは、戦争に突き進んでいった頃のイギリスの中のどかな状態と言えるかもしれない。これがイギリスのジョージア王朝の雰囲気かもしれない。

もっと調べなくてはいけない。こういうデラウェアの描くような平和な世界も大切だ。

この独特の世界を詩に読んでいる。


今日とり上げた詩は、

三本のサクラ

老スーザン

老ベン

ミスルー

4つの詩だった。








posted by 花井英男 at 19:58| 文学・芸術