2018年10月19日

第19回  瑞陵高等学校 10回生 同期会

2018年 第19回瑞陵高等学校 第10回生 同期会
卒業60年、公式の会合は、第19回で終了です。


日時:2018年10月18日4:00〜7:00
場所:JR セントラルタワーズビル

名古屋マリオットアソシアホテル 16階 アゼリアの間

名古屋駅

会費1万円



高校を卒業して、60年経った。
年令が、78歳か79歳になった。
今回が、10期生にとって最後になるという通知が来た。そんな意識で皆が参加したと思う。



卒業後、10回生の同期会は、19回続いたという。
私は、その内何回出席しただろうか。1回のみ覚えている。


今回が最後になるということで出席した。あの人に会えるかもしれない、この人に会えるかもしれないという気持ちで出た。亡くなった友人のことも思い出した。彼はどうしているだろうと思いだす人もいる。

事情があり、会場に遅刻して到着した。

エレベータを下り、会場に近づくと、ホテルの
案内係がすぐそばに来て、「花井さんですか、案内します」と言ってくれた。
ホテルの案内係に幹事が連絡していた。

遅刻したので、幹事が、私の自宅に電話を入れたとのこと。

会場に着くと、幹事の所に案内してくれた。


幹事さんから、「2018瑞陵会報」と「杉原千畝広場
センポ・スギハラ・メモリアル」のパンフ、「出席者名簿」を頂いた。



会場に入ると、普通科、商業科、家庭科ごとに、クラス別にみな席についていた。

当時、50人学級か、55人学級か思い出せないが、普通科、商業科、家庭科で全部で10クラスあった。5百人以上いたと思われる。
出席者は約百人だという。5分の一の出席だ。もう亡くなった人もいる。


プログラム

1. 開会
2. 校歌斉唱

3. 代表幹事あいさつ
4. 乾杯

〈歓談〉

5. 余興 : 津軽三味線
6. 写真撮影

7. 各クラス幹事労い
8. 中締め

9. 閉会



私の席は、3年4組のテーブルだった。隣に、幹事さんが座り、ビールをついでくれた。皿に料理をとってくれた。

すでに、プログラムは、乾杯が終わっていた。歓談のところに来ていた。

幹事さんのAさんに挨拶と労いの言葉とお礼の言葉をかけた。


しばらくしてから、A君から、同期会の世話役を務めた、故中山君の御苦労を聞いた。始めの頃、彼が、同期会の世話役をしていたという。


私の勤務校(愛知教育大学附属高校)に中山君は良く電話をかけてきた。旺文社の進路指導の雑誌のバックナンバーはないかという電話だった。ちょうど私は、進路主任をしていた頃だ。


「花井、○○という雑誌ないか」という言い方だった。横柄な言い方に内心腹が立った。その彼は、クリスチャンだったという。名古屋駅で炊き出しをよくしていたという。早くなくなってしまった。こんな一面があったのかと思った。

こういう同期会は世話焼きがいないとできない。



幹事役のA君は、日本語教育に携わってきた経緯を話してくれた。残留孤児の日本語教育から始まった。身元引受人もしたという。今は、ベトナム、ネパールからの人たちに教えているという。80近い年齢になっても活躍していると、ちょっと元気だ。

Y君の顔が見える。行って挨拶をした。何を言っているか分からない、小声だ。昔の元気さがない。
テーブルを見まわした。クラスは女の子は数人しかいなかった。Iさんに挨拶した。同じ大学に行ったので覚えている。同じテーブルにいるほかのメンバーはあまり覚えていない。

幹杉原千畝の後輩であることに誇りを持つという幹事の挨拶があった。母校に最近建設された、杉原ミュージアムを訪れたと、報告していた。
しみじみとした挨拶であった。

隣に、M君が座っていた。皆、胸に名前の名札を付けていた。M君の名前はすぐ思い出した。声をかけて話をした。彼も、現在仕事をしているとのこと。名刺を頂いた。わざわざ、千葉県柏市からきたという。帰りの新幹線の時間を気にしていた。

遠くに、森君の顔が見えた。彼は、元気そのものだ。絵を描いている森君だ。生き生きしている。彼は私のために、「上高地の梓川」のパステル画を描いてくれた。部屋の飾っている。一番元気だ。

会場を見まわし、クラス別に座っており、名簿が皆さんに配られているので、それを頼りに、回って行って、挨拶をしたり、声をかけた。皆、顔は思い出せない。名前だけが頼りだ。私の名札を見て、声をかけてくれる人もいた。

名簿の中にIさんの名前を見つけた。生きているんンだ。遠くの座席にいるIさんの顔を見つけた。じっと見続けた。こういう顔の人になったんだと思った。昔の面影はない。


もうほんとに、誰の顔も覚えていない。ほとんど覚えていない。名前だけが頼りだ。出席の予定だったが、医師としての手術の予定が入って来られなくなったT君。

しばらく、会場を回って、知り合いを探して回った。亡くなった人も思い出した。来ていない友人も思い出した。まだ会える。いつも中日文化センターで会っている、成田君の姿が見えない。来ていない。

最後に、校歌がすばらしい。ここに記しておきたい。この気持ちを持ち続けることをしたい。

1.日は昇る 瑞穂の丘に
  朝雲の 輝き満てば
  ポプラの葉 そよぎて若し
  ここに映ゆ  学びの庭は
  その名 瑞陵 われらが母校

2.窓ひらく 自由の風に
  真青なる   未来をめざし
  飛ぶ鳩の  虹あるつばさ
  見よつばさ 命燃えて
  たゆみなき  日ごろのはげみ
  自治ぞしるし われらが理想
 

3.世の末の 濁りに染まず
  ひとすじに 真理を探ね
  よろこびの道  ふみ行かん
  愛と知の 花咲く郷里に
  築け 高く われらが栄えを

3番の歌詞が気に入った。「世の末の  濁りに染まず  ひとすじに 真理を探ね よろこびの道
ふみ行かん  愛と知の  花咲く郷里に  築け 高く われらの栄えを」

これを目標に今しばらく頑張ろう!








posted by 花井英男 at 19:33| 戦争・平和