2021年12月19日

日曜美術館・上野リチ

NHK日曜美術館
2021年12月19日(日)
「カワイイの向こう側 デザイナー・上野リチ」


 NHKの紹介の文章は次の通り。
「カラフルな色彩と自由な線で描かれた鳥、花、樹木。ウィーン出身のデザイナー・上野リチは、日本人と結婚して来日。二つの国を行き来しながら、テキスタイルや身の回りの小物など、数々の「カワイイ」を生み出した。さらに、建築家である夫と手を組み、斬新な住宅や店舗を手がけながら、社会をもデザインし直そうと試みたリチ。カワイイの向こう側に夢見た“世界”とは」


 作品のデザインを見ていると、癒されるという感じ。デザインのことなんか何も知識もない自分が見ていて、気楽になる、ほっとする、楽な感じになる。単純な、日常の植物や、模様の繰り返しが、なんだかほっとする。

 作品をいくつか紹介した。見ていて楽しい。自分の部屋に飾りたい。生活の中の癒しになる。日本に定着し、京都美大(現京都芸大)で教えた。学生には厳しい言葉をぶつけたとも。日本語で、「あんた、デザインの勉強やめなさい」と日本語で言ったそうだ。長年、日本に住み続けたが、日本語を覚えなかったという。日生劇場のデザインも手掛けたという。壮大なデザイン。見てみたい。

 日曜の朝、ぼーっと、テレビを見ていて、楽しい番組だった。










posted by 花井英男 at 10:46| 文学・芸術

2021年12月11日

青い目の人形・あいちの会 主催 講演

青い目の人形
あいちの会

日米親善交流1927

Aichi Friendship Doll Society


青い目の人形・あいちの会 主催

日時:  2021年11月28日(日)13:00開場
13:30開演〜16:00
場所:  名古屋  栄  中統奨学館ビル 9F会議室

内容:  講演  演題 「青い目の人形」を活用したまちづくり
             大学院生の調査研究と実践をてがかりに」

講師  西村公孝氏   鳴門教育大学院 特命教授  (本会役員)



講演要旨


 自己紹介をかねて私の研究課題についてお話しします。その中で、鳴門教育大学教職大学院(現職教員が2年間派遣型で研修を行う大学院)生の海老名三智子先生(徳島県

神山町神領小学校、現在、小松市立和田島小学校教頭)が研究課題とした{青い目の人形(アリス人形)がつなぐふるさと学習」の研修成果を紹介する。

神山町は、古民家を活用したIT系企業サテライトオフィス誘致や芸術家の招聘等により移住者が増加し地方創生の取り組みが注目されている。

アリス人形を活用したまちおこしなどNPO法人グリーンバレーの大南信也氏をリーダーとした地域創生に取り組んでいる。

また、徳島県の上勝町では、農協が起業した「彩(株)」が「葉っぱビジネス」の新しい産業を築き、高齢者が生きがいを取り戻している。


感想

 講演の直前に、成田君(「青い目の人形・あいちの会」会長、大学時代のクラスメイト、元県立高校長)から案内をいただき、講演に出かけた。

 成田君に久しぶりに会うことができた。お元気で活動しているのは何よりだ。会うのが楽しみだ。西村公孝先生は、愛知教育大学附属高校の時代の同僚である、というが私は、忘れてしまった。彼が、「僕を覚えていますか」と言ったが、全く思い出せない。

 何よりも、うれしいのは、本日の講演のすばらしさだ。筋の通った話しぶり、人形と地域おこしの結び付けを堂々と展開した。

 現職教員を指導して、素晴らしい修士論文作成の指導をされた、と思う。院生の才覚も勿論素晴らしいと思う。

 難しい、過疎地の地域おこしという課題に取り組んでいる。西村先生は、兵庫教育大から、博士号を取った。

 徳島県の過疎地の老人たちが、料理に使う、添え物の葉っぱを集めて、関西などに売り出していることは、TVで昔見たので、ああこれか、と思い出した。

 素晴らしい講演に感謝の言葉を西川先生に述べた。講演後に、西川先生と話し込んだ。
徳島県には、認知行動療法学会で、ほんとに。何度も訪ねていること、養護学校時代の知り合いがいること。

 賀川豊彦記念館、鳴門教育大キャンパスパス、徳島大キャンパス、徳島大の知り合い、鳴門観潮、うどんのうまい店、お遍路の始めのお寺、徳島は、川多くて、ボートで回る観光コース、阿波踊り会館のことなど。

 人形交流100周年の2027年を目指し、活動していると、成田君から聞いた。いまTVで、「晴天をつけ」の主人公、渋沢栄一が取り上げられている。渋沢の偉大さを改めて、見直さなければと、思っている。

 「青い目の人形」については、ウィキペダイアを見られたい。青い目の人形の趣旨は、
「日米の対立を懸念し、その緊張を文化的にやわらげようと、

 1927年に、アメリカ人宣教師(同志社大学)のシドニー・ギューリック博士(1860年 – 1945年)が「国際親善、人と人との理解は大人になってからでは遅い」と考え始めた。

 ギューリックの提唱に共感し、この事業の仲介を担った。これに伴い日本側も渋沢栄一を代表とした「日本児童親善会」を結成し、アメリカから贈られる人形の授受や諸手続きの事務処理を行い、文部省や外務省にはそれぞれ全国の児童たちへの人形の配布を日本全国に手配した。

 日本全国に送られた一覧表は、ウィキペディア「青い目の人形」を見られたい。日本の各地に人形が送られていることがわかる。まさに平和の使者の役割を果たした。今これを見直していきたい気持ちだ。人形は、平和の使者だ。

 成田君は、人形交流の件で、幸田町から、アメリカにも行っている。発展を望んでいます。
あいち県、幸田町の、幸田小学校に、グレース・エッサという名前の人形の使者がいる。

 講演会では、かつて、愛教大附属高校で同僚だった、深草正博先生とお会いできた。現在は、今年退職され、皇学館大学名誉教授となられた。

 また同じ町内に住む、Sさんが出席された。成田君、私と、同じ高校の出身である。

        









posted by 花井英男 at 17:35| 戦争・平和