2020年08月10日

吉永小百合さんのことば、さだまさしさんのメッセージ、カズオ・イシグロさんのメッセージ

吉永小百合さんのことば、さだまさしさんのメッセージ、カズオ・イシグロさん(長崎県出身の日系イギリス人小説家。2017年にノーベル文学賞を受賞した。)のメッセージ



昨日は、TVで、被爆75周年長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典を見た。

今朝、朝食後、家内から、8月9日の中日の社説を読んだかと言われ、読んでみた。吉永小百合さんの言葉の紹介があった。戦後60年の時の言葉が紹介されている。女優の吉永小百合さん、自らこうおっしゃっている。と。こんな発言をされている。


「憲法九条が私たちを守ってくれていると思うんですね。よその国からうらやましがられている。それを大事にしないというのは分からない。」


「政治家の皆さんの中では、戦争への道を進んでいるように思えます。でも一般の人は、自分の子が戦争で死ぬことになるかもしれないって、そこまで考えているのかな、と考えなきゃいけない時期だと思うんですけどね。」


戦後60年の時に、吉永小百合さんは、「戦争への道が進んでいる」などと危機感を語っておられた。


中日新聞の社説では、「ぐんぐんぐんぐん」というタイトルで、がけっぷちへと誘う危機感を訴えている。


今朝、8月10日の中日新聞には、長崎の式典に寄せられた、長崎出身の、カズオ・イシグロさんからのメッセージとさだまさしさんのメッセージの全文が紹介されていた。


さだまさしさんのメッセージ全文



「被爆者だった叔母の言葉が胸に残って言います。原子爆弾だけが悪ではなく。本当の悪は人の心の中にいて、次々と兵器を考え出すのです。

そして叔母はこうも言いました。もしも私たちの国が先の爆弾を造っていたら、他のどこかの国の誰かが私たちと同じ苦しみを受けたかもしれません。

つまり戦争がすべて悪いのです。武器で平和を買うことなど絶対ににできないのです、と。

世界中から戦争と核兵器がなくなるよう、心から祈ります。」



さだまさしさん、メッセージありがとう。


カズオ・イシグロさんのメッセージ
   日本語訳全文(長崎市の発表に基づく)



「今日は恐ろしい出来事の記念日です。しかし、あの日長崎の人々を襲った苦しみが75年間繰り返されなかったという節目の日でもあります。私の母は被爆当時、市内にいた十代の若者でしたが、その後、長く平穏な人生を送ることができました。

そう考えますと、この記念日は恐怖と悲しみだけでなく、苦難からの克服と希望を想起させる日なのです。私たちの文明社会がいかに脆弱(ぜいじゃく)な状態にあるかを忘れてはなりません。


そして、現在の困難な時代にあっても、これまで安全に過ごすことができたのは国際協力と国際理解のおかげであり、その重要性をわすれてはなりません。


私たちは大きな危険にさらされ続けていること、そして人間の命こそが至上の価値を持つものであることを心に留めましょう。」


カズオ・イシグロさん、メッセージありがとう!


To Sir Kazuo Ishiguro

Thank you very much for your kind message to Nagasaki, Japan and the world .

              From (Mr) Hideo Hanai  Japanese




日本が、戦後75年、平和を維持してきたのは、憲法九条のおかげであり、平和運動、国際理解、国際協力のおかげであった。


原爆が長崎の後、繰り返されなかったことは、日本国民の努力、国際的な平和運動、国際理解、国際協力のお陰であった。


プラスの面も評価を忘れてはいけない。


posted by 花井英男 at 09:44| 戦争・平和

2020年08月06日

「はさみ、包丁研ぎます」の店

「はさみ、包丁研ぎます」の店


庭木の剪定ばさみ2つを研いでくれる店はないか、と、探した。カーマ、カインズの店に尋ねたが、やってないとのことであった。

偶然、南区のほうの病院に行ったときに、「包丁、はさみ研ぎます」の看板を見た覚えがあった。刈り込みばさみ2丁をもって、お願いできますか、と、たずねた。

相当年配のおじいちゃんが出てきて、「やります」という返事で、安心した。ようやく見つけることができた。今このような店がなかなか見つからない。

3日後に引き取りに行った。丁寧な説明をしてくれた。鋏の使い方、樹液がついてさびてしまうから、手当をする樹液用の液をぬって、使った後に、樹液を拭いておくことが大事だと教えてくれた。

刈り込みばさみを家の外の物置に無造作に、おいておくこともやってはいけないことだと言われた。雨にさらす状態で放置しておいたのはまずかった。

これからは、家の中に置こうと思った。

 垣根として庭木を植えていると、2か月おきに剪定しなければいけない事情だ。新芽がすぐに出て、枝が伸びる、ほっておくとすぐに伸びて、始末に負えない状態になる。垣根の手入れは、自分にとっていい運動になると思う。今のところそう思って手入れをしている。

今度来るときは、このおじいちゃんがいるだろうかと思った。このような店がなくなっています。

このおじいちゃんは、「また持ってきてください」と言ってくれた。いつになるか分からないが、うれしいことを言ってくれた。

刈り込みばさみは、娘のうちで使うから、また、我が家でも使うから、3丁で、やりくりしなくてはいけない。なんとか、木の剪定はやれそうだ。

今、包丁を研ぐ小さな道具があり、料理をしているときに、研ぐことがある。剪定用の大きなはさみを研ぐのは、やはり、専門の職人にお願いしなければいけない。このような職人を、カーマとか、カインズ、イーオンなどに、養成して配置してほしい。








posted by 花井英男 at 11:45| 日記

2020年08月03日

照ノ富士から学んだこと


照ノ富士  おめでとう!
照ノ富士から学んだこと

「自分を信じて努力し続けること」
「続けてきてよかったなと思っています」


照ノ富士が優勝した。両膝のけがと内臓疾患のため、序二段まで陥落した。そこから幕内まで復活してきた。大関経験者が幕内に4人いると、実況放送の時に紹介があった。相撲の世界はきびしい。

普通だったら、あきらめるだろう。元大関という称号があるから、引退するかもしれない。だけど引退しなかった。コツコツ努力してきた。

序二段とは、どんな地位かと、辞書を引いた。「大相撲の番付で、最下位の序の口より一段上の地位」と説明があった。ここまで落ちたら、ずいぶん恥ずかしいだろう。根性の人だと思う。誰でもこんなことは経験するかもしれない。よく頑張ったと思う。


照ノ富士のこれまでの歩みは、私のような凡人には、大変励みになります。


スポーツライターの文章に感謝します。

以下の文章は、ネット上に、スポーツライターが書いた文章です。

「これが、インタビューで発した一言目だった。この言葉に、どれだけの重みがあるか――。力士は、相撲で強くなることはもちろんだが、その過程で学ぶ人生教訓が多くある。つらく苦しい経験を乗り越えた照ノ富士は、諦めないこと、信じて努力し続けることのもつ力を、いま誰よりも強く感じていることだろう。


「いろんなことがありましたけど、最後にこうやって笑える日が来ると思って信じてやってきたので、一生懸命やればいいことがあると思っています」


結果を出したことだけではない。この経験は、彼にとって必ず、今後を生きる上で非常に大きな力になり続けるはずだ。自分を信じて諦めず努力し続けることの強さを知った人は、どんなことがあっても必ず夢を成し遂げていく。


28歳という若さでこの経験を得たことは、彼にとって大きな糧になったことはもちろん、見る者にもその体験を分け与えてくれたことに大きな意味があると私は感じている。

「諦めなければ、夢は必ずかなう」。こんな言葉が、いまは陳腐にも綺麗ごとにも聞こえることなく、まっすぐ心に響いてくる。言うまでもなく、照ノ富士が自身の相撲人生をかけてそれを体現し、身をもって示してくれたのを目の当たりにしたからだ。


大相撲史に残る復活劇を演じた照ノ富士。今場所の彼の偉業は後世に語り継がれるだろうが、この歴史的瞬間を、生きて、肌で感じることができた私は、この世に生を受けたことに感謝したいと思う。

<おまけ>照ノ富士の戦績あれこれ
照ノ富士のこれまでの戦績を見ると、実は彼は小結を一度も経験していない。新入幕から4場所連続で勝ち越し。前頭2枚目で8勝7敗だったが、当時の小結・関脇がそろって大敗を喫したことにより、新三役がいきなり関脇だったのだ。

その後の2場所で13勝、12勝(初優勝)となったため、一気に大関まで駆け上がった。ちなみに、三役2場所で大関昇進を決めたのは、年6場所制になってからは照ノ富士のみ。こちらの記録は、当時の照ノ富士の「イケイケだった(本人インタビュー談)」ことがわかるものだ。

来場所は平幕上位の番付になるだろうが、もしその後小結に上がることがあれば、彼にとって初の小結になる。これはちょっと面白い。しかし、帰ってきた照ノ富士には、もう一度小結をすっ飛ばす勢いで、もっともっと上を目指して頑張ってほしいと願っている。」









照ノ富士おめでとう!

スポーツライターの文章に感謝します。ありがとう!







posted by 花井英男 at 09:23| 日記