2020年08月23日

岡本太郎の美術館、2つ。

2020年8月23日の日曜美術館・アートシーンで
川崎市岡本太郎美術館と岡本太郎記念館が紹介された。

岡本太郎のすばらしさを感じた。

太陽の塔は、有名だ。

作品制作のエピソードは、「1970年(昭和45年)に大阪で万国博覧会が開催されることが決まり、通産官僚の堺屋太一ら主催者(国)は紆余曲折の末、テーマ展示のプロデューサー就任を要請した。

岡本は承諾すると、「とにかくべらぼうなものを作ってやる」と構想を練り、出来上がったのが『太陽の塔』であった。」という。

これは、私のような素人の素朴な感じは、「命の賛歌」の作品。

渋谷駅の岡本太郎の絵は有名です。

JR渋谷駅と京王井の頭線の連絡通路に岡本太郎さん作品「明日の神話」はある。

「明日の神話」の数奇な運命がつぎのように紹介されています。

「明日の神話」は、メキシコのホテル経営者からの依頼でメキシコで制作されたものですが、依頼者の経営状態の悪化によりホテルは未完成で人手に渡り「明日の神話」は行方不明となった。

その後、2003年メキシコシティの郊外の資材置き場で発見された。

再生プロジェクトが立ち上がり、日本に輸送し修復後、日本テレビ・東京都現代美術館にて一般公開された。

2008年3月からパブリックアートとしてJR渋谷駅と京王線の連絡通路に設置されています。」

「アメリカの水爆実験により第五福竜丸が死の灰を浴びた事件をモチーフにしています。
ピカソのゲルニカに通じるものがあるように感じます。」


川崎市岡本太郎美術館は、神奈川県川崎市多摩区桝形の生田緑地内にある。

1991年(平成3年)11月、岡本太郎所有の作品352点が川崎市に寄贈されたことに伴い、
1999年(平成11年)2月、美術館は竣工、同年10月30日に開館した。

交通アクセス
小田急小田原線向ヶ丘遊園駅より徒歩。

「川崎市岡本太郎美術館」には、高さ30メートルのシンボルタワー「母の塔」があるという案内がある。その塔の紹介・解説の文。

「この「母の塔」は、下記の3つをイメージして原型に忠実に再現・製作されたという。

1)大地に深く根ざした巨木のたくましさ
2)ゆたかでふくよかな母のやさしさ
3)天空に向かって燃えさかる永遠の生命」

このイメージは、思い浮かべているだけで気持ちがいい。



岡本太郎記念館の紹介文


「ここ岡本太郎記念館は、1996年、84歳で亡くなるまで、岡本太郎のアトリエ兼住居だった。1954年から40年以上彼が生活した空間である。

絵を描き、原稿を口述し、彫刻と格闘し、人と会い、万国博の太陽の塔をはじめ巨大なモニュメントや壁画など、あらゆる作品の構想を練り、制作した場所。」


東京メトロ
【銀座線】・【千代田線】・【半蔵門線】 『表参道』駅より徒歩8分


開館時間 10:00〜18:00(最終入館17:30)
休館日 火曜日(祝日の場合は開館)、年末年始(12/28〜1/4)及び保守点検日。



いつかぜひ行きたい。






posted by 花井英男 at 11:42| 戦争・平和

2020年08月16日

京都五山送り火中継2020

2020年8月16日7:30―9:00  NHKBS

京都五山送り火2020 中継


毎年、8月16日に行われる、京都五山送り火。

BS番組で見た。今年は、縮小した形の大文字焼きということだ。例年のものがなくなって、初めて、いつもはどういうものだ?と疑問がわいた。


京都の大文字焼は、5つから成り立っていることに気づいた。

大の字、妙法の妙の字と法の字、船形の模様、鳥居の模様。

盆に帰ってきた祖先をあの世に送り返すための宗教行事で、京都の市街地を囲む「大」「妙法」「船形」「左大文字」「鳥居形」の五つの山に、地元保存会の人びとの手によって火が灯される。


私は、夕べ、7時過ぎに家族と一緒に、近くのお寺、大喜寺へ精霊(先祖様)「おしょろい様」(我が家の言葉)を送りに行った。

近隣の人たちが沢山毎年集まる。係をしている近所の人に挨拶した。久しぶりに大喜寺から家に帰る途中で、親しい人の家が住み変わっていたり、新しい家が建っていたり、建築工事が進んでいたりしていた。

街は変わりつつある。

送り火として燃やされる松割木に加え、無病息災を願って大勢の人々が毎年護摩木を奉納していますが、今年は護摩木の志納受付は中止とのこと。


「五山送り火」本来の意味とは、祈りの火という。
先祖を偲び、感謝し、現在、自分があるのを感謝し、平和を祈る気持ちです。コロナが一日も早くおさまってほしい気持ちです。






posted by 花井英男 at 21:31| 宗教

2020年08月10日

吉永小百合さんのことば、さだまさしさんのメッセージ、カズオ・イシグロさんのメッセージ

吉永小百合さんのことば、さだまさしさんのメッセージ、カズオ・イシグロさん(長崎県出身の日系イギリス人小説家。2017年にノーベル文学賞を受賞した。)のメッセージ



昨日は、TVで、被爆75周年長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典を見た。

今朝、朝食後、家内から、8月9日の中日の社説を読んだかと言われ、読んでみた。吉永小百合さんの言葉の紹介があった。戦後60年の時の言葉が紹介されている。女優の吉永小百合さん、自らこうおっしゃっている。と。こんな発言をされている。


「憲法九条が私たちを守ってくれていると思うんですね。よその国からうらやましがられている。それを大事にしないというのは分からない。」


「政治家の皆さんの中では、戦争への道を進んでいるように思えます。でも一般の人は、自分の子が戦争で死ぬことになるかもしれないって、そこまで考えているのかな、と考えなきゃいけない時期だと思うんですけどね。」


戦後60年の時に、吉永小百合さんは、「戦争への道が進んでいる」などと危機感を語っておられた。


中日新聞の社説では、「ぐんぐんぐんぐん」というタイトルで、がけっぷちへと誘う危機感を訴えている。


今朝、8月10日の中日新聞には、長崎の式典に寄せられた、長崎出身の、カズオ・イシグロさんからのメッセージとさだまさしさんのメッセージの全文が紹介されていた。


さだまさしさんのメッセージ全文



「被爆者だった叔母の言葉が胸に残って言います。原子爆弾だけが悪ではなく。本当の悪は人の心の中にいて、次々と兵器を考え出すのです。

そして叔母はこうも言いました。もしも私たちの国が先の爆弾を造っていたら、他のどこかの国の誰かが私たちと同じ苦しみを受けたかもしれません。

つまり戦争がすべて悪いのです。武器で平和を買うことなど絶対ににできないのです、と。

世界中から戦争と核兵器がなくなるよう、心から祈ります。」



さだまさしさん、メッセージありがとう。


カズオ・イシグロさんのメッセージ
   日本語訳全文(長崎市の発表に基づく)



「今日は恐ろしい出来事の記念日です。しかし、あの日長崎の人々を襲った苦しみが75年間繰り返されなかったという節目の日でもあります。私の母は被爆当時、市内にいた十代の若者でしたが、その後、長く平穏な人生を送ることができました。

そう考えますと、この記念日は恐怖と悲しみだけでなく、苦難からの克服と希望を想起させる日なのです。私たちの文明社会がいかに脆弱(ぜいじゃく)な状態にあるかを忘れてはなりません。


そして、現在の困難な時代にあっても、これまで安全に過ごすことができたのは国際協力と国際理解のおかげであり、その重要性をわすれてはなりません。


私たちは大きな危険にさらされ続けていること、そして人間の命こそが至上の価値を持つものであることを心に留めましょう。」


カズオ・イシグロさん、メッセージありがとう!


To Sir Kazuo Ishiguro

Thank you very much for your kind message to Nagasaki, Japan and the world .

              From (Mr) Hideo Hanai  Japanese




日本が、戦後75年、平和を維持してきたのは、憲法九条のおかげであり、平和運動、国際理解、国際協力のおかげであった。


原爆が長崎の後、繰り返されなかったことは、日本国民の努力、国際的な平和運動、国際理解、国際協力のお陰であった。


プラスの面も評価を忘れてはいけない。


posted by 花井英男 at 09:44| 戦争・平和