2018年01月01日

紅白歌合戦 福山雅治の「トモエ学園」

紅白歌合戦を見て

福山雅治が、紅白歌合戦で、「トモエ学園」を熱唱した。




紅白に黒柳徹子が登場し、「この学校がなければ、今の私はなかった」と語った。


トモエ学園とは、どんなにすばらしい学校だったろうかと思った。
退学になった、黒柳徹子を、引き受けてくれた学校、トモエ学園。


「一人一人にあった、教育」、「子どもが楽しいと思える学校」、「子どもが喜ぶ学校」は、そう簡単にできることではない。


教育は、「特殊な技術」であるとか、或いは、「教師聖職論」という言葉もある。
人間を育てるということは、簡単なことではない。


私は、小学校1年生の時、担任の女教師に毎日、泣かされにいくような体験をした。
出来の悪い私は、きつく叱られ教室で泣いてばかりいた。

面白くない学校に行きたくないので、朝、登校するふりをして、街の中を歩き回って過ごした。それが親に通報されて、オヤジに蹴り飛ばされた。


幸いにも、次の年、その女教師はやめていなくなった。
2年生の担任になった男の先生は、安心して教室におることが出来た。
ユーモアがあり、笑いがあり、私にとって学校は楽しい所になった。
勉強が楽しくなった。


3年生も、4年生も、それ以降担任に恵まれた。

教師の力量は、素質、性格、育ちもあり、教育水準、知的レベルなどの背景があり、子どもの教育にふさわしい性格・資質は、そう簡単にできるものではない。中には、教師にふさわしくない人もいる。力量は、本人が努力して、積み上げて出来るものだと思う。

教師同士のチームワークが取れるか。
他の教師の気持が組みとれるか。自分の考えを押し付けることはないか。30人、40人いる児童・生徒の気持をそのまま受け止めることが出来るか。受容的な気持ちで、児童・生徒に接することができるか。

教頭、校長は、自分の考えを押しつけることはないか。職員に受容的に接することが出来るか。
否定的な気持ちを職員に持っていないか。

管理職を含めた、教師集団が、問題を抱える児童・生徒に全力で接する力量があるかなど教職員集団の力量が問われる。

愛知県の県立高校には、憲法を否定し、明るい職場を否定し、民主主義を否定する、団体が存在する。校長室で、校長、教頭などが、新任教員にその団体への加入を勧める。

このような団体に入ればいい教育はできないだろう。

管理職たちは、組合には加入しないように働きかける。組合つぶしを管理職たちは行う。

民間の教育研究団体が沢山存在する。すばらしい実践活動の紹介がなされている。研究者、学者が一緒に参加している。教科別の研究団体もある。

福山雅治の「トモエ学園」の歌詞が素晴らしい。

福山雅治は、黒柳徹子に頼まれて作詩した。



福山雅治  作詩
福山雅治  作曲

トモエ学園   歌詞


うれしいのに
さみしくなる
たのしいのに
かなしくなる

恋に似てまぶしかった
恋のようにせつなかった


大好きな気持ち
思い出すと
泣きそうです 今も


先生  友だち
わたしの心
育ててくれたの
学び舎の日々
ありがとう



わたしたち
違うんだね
顔のかたち
心のかたち



「違う」って
面白いな
だからその手
繋ぎたくなる




「はじめて」っていつも
こわいけど
とってもワクワクする



ねえパパ  ねえママ 
ちょっと待ってて
この場所でなら
もっといい子に
なれるから




電車の教室でお弁当食べて
裸ん坊でプールに飛び込んだ夏は
わたしの心も裸になったんだね
「この夏ずっとずっと
つづけばいいのにな・・・」




大好きな笑顔
思い出すと
泣きそうです 今も



先生 友達
わたしの明日
作ってくれたの
学び舎の日々
ありがとう



教えてくれましたね
「違う」って
「自由」ってこと



教えてくれたんですね
「大好き」って
「幸せ」ってこと
ほら自由で
幸せです
わたしは





posted by 花井英男 at 16:13| 教育