2016年05月30日

第4回USPT研究会セミナー参加

第4回  USPT研究会セミナー

日時:21016年5月29日(日)  13:00〜16:45

場所:東京 渋谷 ヒカリエ 11階 カンファランスD



プログラム

13:25〜13:30 開会 あいさつ 小栗康平先生 早稲田通りクリニック院長

13:30〜14:10 講義 小栗康平先生 早稲田通りクリニック院長 

14:10〜14:30 症例報告 十寺智子先生 心理療法研究室スアラロハニ

14:30〜15:10 講義 種倉直道先生 ぶどうの木クリニック院長

15:10〜15:15 質疑応答

休憩

15:25〜16:15 USPT実習

16:15〜16:25 症例報告  新谷宏伸先生 本庄児玉病院




 第4回USPT研究会セミナーは、USPT研究会の若々しく新鮮な出発式となった。

 解離性障害で悩む人にとって、福音であり、治療にあたる医師、心理士にとっても福音であると思います。


40名以上の医師、心理士が出席した。
カンファランスの部屋は一杯であった。

役員体制を確立し、理事長、副理事長、理事、顧問の発表があった。

私は、理事の一員になりました。謹んでお受けしました。

精神科、心療内科の医師、心理士にとって新しい道標となる研究会となることは間違いないと思います。


 解離性障害、あるいは、解離性スペクトラムの人々にとって福音となることと期待しております。

 小栗康平先生は、解離性障害という難しい分野の研究をされ新しい心理療法、USPT統合法とも言う新しいセラピーを開発されたことは、画期的なことだと思います。


 解離性障害の人は、医師から見放されているというのが現状だと思います。
 薬物療法だけでは根本的な治療が出来ないが、USPT統合法によって、根本的な治療が出来ることになったと言えます。

 「症例X]、「人格解離」などの小栗康平先生の著書が、広く読まれ、この病気の理解が広まることを期待しております。
 このことは、本当にこれで悩む人にとって福音です。

 私は、小栗康平先生の著書を英語に翻訳されたらどうですか?と申し上げた。出版社が承諾すればいいですよと言われていた。
 新谷宏伸先生は英語での論文発表を考えておられることを話しておられた。USPT統合法が、英米など海外でも知られることが期待されると思います。きっと海外でも歓迎されると思います。


 研究会は、終始、和やかな雰囲気で進められた。小栗康平先生のユーモアのある司会で、時々笑いが会場に起きた。

 研究会の案内をした、知り合いの、医師、臨床心理士も名古屋から参加された。私のHPを見た、千葉のFさんも出席された。BSPでお世話になった、東京のMさんも参加され、挨拶した。

 医師の参加が目立った。

 症例発表については、それぞれの発表が素晴らしいと思った。

 USPTを開発した小栗先生がユーモアのある発表である。
 先生の功績は大きい。
 若手の十寺(とおでら)先生の発表も、治療効果をみるための心理検査の数値のとり方(実施後と50日位後にとるとり方)はすばらしい。

 種倉先生委の独自のユニークなアプローチも貴重であると思った。種倉先生はTFTのトレーナーもされているとのことだった。

 質疑応答では、熱心な質問が出た。

 新谷(にいや)先生(理事長)の歯切れの良い明快な発表もすばらしかった。


 懇親会でみなさんとざっくばらんに話が出来た。ゆっくりしたかったが、名古屋へ帰ることを急いだので、途中でご無礼をした。


 USPT研究会の益々の発展を祈ります。



posted by 花井英男 at 10:37| USPT研究会

2016年05月28日

中日文化センター アメリカ詩を読む

中日文化センター
アメリカ詩を読む

講師 名古屋大学名誉教授  文学博士  岩崎宗治先生

テキスト 岩波文庫  アメリカ名詩選  亀井俊介 川本皓嗣 編

2016年5月26日の講義


[14]The Maldive Shark Herman Melville
モルディヴ海のサメ  ハーマン・メルヴィル


ダイバーで写真家である参加者の作品である、モルディヴ海でのサメと小魚の群れの写真が皆さんに披露された。なるほど。
詩に描かれている場面そのものの写真。

この詩の解釈として、脚注に、「善と悪の共存」という言葉が出ているが、「善と悪と言わなくてもよい」と岩崎先生は言った。
「取り合わせが不気味である」と指摘した。
私は、恐ろしいサメと小さな魚が案内魚として互いに頼りあって生きている、ということでいいのではないか、と思う。

この詩の最後の行のtrasferred epithetの例として紹介。
“Pale ravener of horrible meat”のhorrible はmeatではなく、ravennerを修飾している。
trasferred epithetの例としてトマス・グレイのエレジーを挙げた。
Elegy Written in a Country Churchyard by Thomas Gray トマス・グレイ 「田舎の教会墓地にて書かれた挽歌」

ところどころ,
韻を踏んでいる。アリタレーション・頭韻 /alliteration。


この詩よりもむしろ、ハーマン・メルヴィルの「白鯨」に関わる言葉を紹介。
ギリシャ神話の運命の女神、3人のFateの役割の紹介
Clotho 生命の糸をつむぐ
Lachesis 糸の長さを決める
Atoropos 糸を切る-Death
Fate 訳語は「宿命」がふさわしい。逃れられない宿命

Fortune 運命 属性 Blind,Wheel of fortuneの言葉を紹介。

白鯨、グレゴリーペックの映画。小説の方が、迫力があると紹介。一番の悲劇として、嵐が丘、白鯨、マクベス、リア王?をあげた。

時々聞き取れない時がある。

更に、メルヴィルの「ビリーバッド」(岩波文庫版)を挙げた。
いつか読んでみたい。

久しぶりに作品名を聞いて、頭がすぐに反応しなかった。
坂下昇 (アメリカ文学者)がメルヴィル翻訳全集を出している。




[14]I celebrate myself, and sing myself Walt Whitman
ぼくはぼく自身をたたえ  ウオルト・ホイットマン



「ホイットマンはすばらしい。若い時この詩を読んだ。最初のこの2行が頭に入っている」
と、先生は言う。その2行。
I celebrate myself, and sing myself,
And what I assume you shall assume.

Assume 身に着ける。思想。
自分を肯定する。賛美する。
最後の行の、Natureがキーワード。
ホイットマンのNatureは強い。頑丈な大人。ワーズワースにつながっているNatureだ、と先生は言う。

ワーズワースは“wander”“歩く”が出てくる。
ここでは、“loaf”、“ぶらつく”。
ホイットマンは自分と君たちは同じ。
energyはワーズワースより、強い、と先生は言う。
“Song of Myself” の第1節に、この13行がそのまま、出てくる。

“Creeds and schools in abeyance”
当時、Leaves of Grass 初版(1855)を出した頃 、南北戦争が迫り、教義や学派が争っていた。ホイットマンはそれに背を向け、人間の自然な本性の再建を志した、と註にある。


 この人間賛歌と言える、ホイットマンの傾向は、ニュウーイングランドを中心に起きた理想主義の運動・超絶主義 transcendentalism、エマソンやソローの思想を受け継いでいると思われる。

 アメリカ人としてのアイデンティティを作り上げて、人間讃歌の歌を歌っていたと考えられる。
この状況の中で、よくも、このような気持ちで生きられたものだ、と私は驚く。エマソンが真っ先に、ホイットマンの詩の素晴らしさを認めたという。



[16] Walt Whitman, a kosmos, of Manhattan the son

Walt Whitman

ウオルト・ホイットマン一個の宇宙
ウオルト・ホイットマン


註には、「”Song of Myself” 第24節の前半。作者「自己」宣揚が最も高まったところ」と。
広く自己を世の中にはっきりと示すこと。

16行目〜19行目は、ホイットマンの特色であるカタログの表現。
上記を受けて、20行目〜23行目の4つのvoicesにまとめ、
「ぼくはそれを清めて美しくする。」

19行目 Fog in the air霧のように染み渡る。
「放送禁止用語」・わいせつなことばが出てくる。

26行目の「I believe in~,  肯定している。」
27行目の「2つのmiracles、miracle」
28行目の「Divine、holyと賛美している。」

更に、最後の行の、”This head more than churches, bibles, and all the creeds.”は、宗教者から言えば、不遜であろう。
ホイットマンが好きになるには時間がかかる人がある。時間がかかって、好きになる人がいる。読んでいるうちに、好きになると、先生は言う。

「へたをすえれば、自己崇拝、誇大妄想とみられる可能性もある。
が、そうではない。」と。




[17]I Hear America Singing Walt Whitman
アメリカの歌声が聞こえる  ウオルト・ホイットマン


詩集『草の葉(Leaves of Grass)』は、
「書き足して、どんどん大きくなっていった。岩波文庫では、3巻本になっている。
南北戦争直前の時代に、アメリカが自信を持てない時に、自信を持った。アイデンティテイを持ちたかった。」


「ホイットマンを好きだという人挙手をして下さい」という岩崎先生に、手を8〜9割が手を挙げたようだ。「嫌いだという人」はいなかった。

デモクラシーの人だった。
文体の特色が、カタログ。民主的に平等に並んでいる。同じ長さで並んでいる。ここにも、デモクラシーの精神がある。」



Leaves of Grass第3版(1860)に初めて発表された。「詩人はその国の精神に呼応する」(初版序文)とホイットマンは考えていた。
「国民詩人としてその姿勢を陽気に表している。」







昔、私はホイットマンにほれこんで、ホイットマンの文献を集めて、本棚に入れておいたことを思い出し、
 9冊を取り出した。

@Whitman’s Poems 鍋島能弘・新倉俊一共編 篠崎書林
鍋島能弘のintroduction。昭和55年版。
鍋島能弘(1904年-1979年、東京大学、お茶の水大学等教授)
新倉俊一(明治学院大学名誉教授)


AWalt Whitman Songs of Myself 岩崎久哲(ひさのり訳注 大学書林
まえがきと年譜がある。昭和61年版。
岩崎久哲(大正大学教授)

 岩崎久哲氏のまえがきはホイットマンの解釈に役立つと思うので、ここに引用する。

「・・・やがて、印刷工、小学校教師、新聞記者などになり、南北戦争時は、弟の負傷のため、
志願看護人として奉仕した彼にとって、クエイーカー教徒のイライアス・ヒックスの言葉に魅せられた時もあった。

 1855年に、この「僕自身の歌」も収められている「草の葉」の初版を出した、ホイットマンは、生存中、この「草の葉」を9回改訂し、新しい詩を次々と加えていった。

 彼の文学的価値は、この「草の葉」のみによると言えるが、その詩形たるやは、無秩序で、あまりにも、官能的であると、非難されたこともあり、ホイットマンを最初に、認めたエマソンですら、「草の葉」の第3版の一部分を省いたほうが良いだろうと言ったくらいである。

 そのような非難は、今では、次のように修正されている。無秩序とも思える彼の詩形式の発展は、過去の詩形式を十分消化しているし、あまりにも官能的と言われる点は、初期の詩に集中し、後期の詩では、肉体と精神の融合をはかっている。


 「ぼくは、肉体の詩人である、ぼくは、魂の詩人である」(422)
アメリカの無秩序と多様性を歌ったホイットマンは、アメリカの詩人、アメリカンデモクラシーの詩人と言われている。

 詩人として、殆んど、不可能なくらいアメリカ全体を抱擁しようとしたホイットマンは、メルビルと違って、徹底しした明るさに満ちた楽天主義者であった。

 「ウオルトホイットマン、一つの宇宙、マンハッタンの息子」(497)

 彼があるゆるものを、カタログのように並べたのは、デモクラシーの平等化を表現しようとしたのであり、
アメリカ国民全体の、すばらしさを歌ったのは、個人、ひいては、僕自身を賞賛するためであった。

  「草の葉」を最初に認めたのが、エマソンであったのは、「アメリカの学者」を実践したのが、「草の葉」であったからである。

 エマソンと同じように、ホイットマンにとっても、個人・ぼくは、最大のものであった。彼の発展させた詩形式は、散文と韻文の融合である点から見ても、彼は、すばらしい技巧詩人である。

 その歌われているものが、反抗的自然人であり、混乱の中に、未来を歌った偉人である。

   昭和59年2月     岩城久哲」

  長文の引用になった。私には、納得のいく内容に思われる。



Bホイットマン詩集 白鳥省吾訳 大泉書店
まえがきと「草の葉」の解説がある。昭和24年版。
白鳥省吾(詩人、大正大学教授)

Cホイットマン詩集 福田陸太郎訳 三笠書房
解説がある。1970年版。
福田陸太郎(詩人、東京教育大学名誉教授)



DUniversity of Minesota Pamphlets on American Writers
Walt Whitman     by Richard Chase
1969


ELeaves of Grass by Walt Whitman    The 1892 Editon
Introduction by Justin Kaplan
Bantam Books
昭和59年購入 丸善


FThe New Whitman Handbook (423頁) Gay Wilson Allen
New York University Press 1975
これは、大学2年の頃、故有元清城先生(愛知教育大学教授)の紹介。丸善。


GWalt Whitman American Century Series Hill and Wang
Representative Selections, with Introduction, Bibliography, and
Notes
1961

H草の葉 上巻・杉木喬 鍋島能弘・酒本雅之訳
     中巻・鍋島能弘・酒本雅之訳
     下巻・鍋島能弘・酒本雅之訳  
    1991年版   岩波文庫  

  ゆっくりとこれらを読んでみたい。







posted by 花井英男 at 10:50| 文学・芸術

2016年05月22日

「自閉症スペクトラムにプラスαが加わる時」

2016年5月21日(土)・BS日テレ11:00−12:00
「自閉症スペクトラムにプラスαが加わる時」

「自閉症の子どもの触法行動、非行はなぜ起こるか?」
「再発、再非行を防ぐにはどうしたらよいか」
を、テーマにしての放送内容であった。杉山登志郎先生の言うプラスαとは何か


  再犯防止、再非行防止のための2つのアプローチを紹介していた。

一つは、杉山先生のEMDRによるアプローチ、一つは、宮口幸治先生による、コグトレなどである。
コグトレとは、コグニション・トレーニングの省略形である。

出演者は、杉山登志郎先生(浜松医科大学・精神科医)、宮口幸治先生(立命館大学・児童精神科医)など。
三重県の宮川医療少年院、大阪市立弘済小中学校分校、和泉市立国府小学校特別支援学級など。



 自閉症の子どものすべてが、犯罪を犯すわけではない。自閉症の子どもが触法行為をしたりすると、健全な生活をしている子供まで、疑われるのは、心外であると、豊橋市の保護者が発言していた。

杉山先生のいうプラスαとは、迫害体験である。迫害体験とは、次のようなものである。自閉症の子どもの保護者が、自閉症であることがある。その保護者が迫害体験を受けていたことが多い。

自閉症の子どもが、学校でいじめを受けたり、教師から厳しすぎる叱責を受けたり、家庭での両親からの叱責、虐待などの、迫害体験を受けると、子どもはトラウマを抱えていることが多い。そのために、不安定になる。


トラウマ解消のために、EMDR療法を子どもが受けることを紹介していた。パルサーを使っている場面が紹介された。杉山先生は、子どもばかりでなく、子どもに迫害体験を与えてしまう保護者へのケアが必要であると述べた。保護者もアスペルガーで迫害体験を抱え、子どもに虐待、激しい叱責,体罰を与えてしまう場合がある。


 
子どもたちへのアプローチとして、立命館大学宮口幸治先生の取り組みを紹介した。
宮口氏によれば、自閉症スペクトラムの子どもは、6つの分野で苦手であると指摘した。
@ 認知機能、A自己評価、B社会生活技能、C感情の理解、D融通さの理解、E身体的不器用さ。


6つの表現は放送内容通りではない。
多少違っていることを許して頂きたい。

宮口先生の「コグトレ みる・きく・想像するための認知機能強化トレーニング」の本が書店から出ている。全国的なコグトレ研究会組織が教職員、大学の研究者によって作られている。
少年院や、小中学校の特別支援学級で実践されている。

身体的不器用さの克服のために、道具が開発されている。授業で使われているのを紹介した。




 
posted by 花井英男 at 15:45| 発達障害