2017年09月24日

秋彼岸・放生会

秋彼岸  放生会・法要


9月23日秋彼岸、放生会法要でお寺にお参りした。広い境内の庭木が良く手入れされて、清々しい、気持ちが良い。これだけ広い境内の手入れは大変だろう。池には、錦鯉、蓮の葉が伸び伸びと出ている。花屋さんが花を並べている。


受付に行くと、
お参りに来る私たちに、お寺の御嬢さんが、小さな盆に、お菓子をのせて、「どうぞ」と言って、お盆を差し出してくれた。「きょうかちゃんですが」と尋ねると、うなずいた。一つもらって、「おおきくなったね」と挨拶をした。


渡り廊下を歩いて本堂に行く。椅子が並べてあるのがうれしい。座布団に座るのはしんどい。


法要の後、幼稚園でおとき(昼食)を頂いた。幼稚園の教室に張り出してあるものに感心した。簡単なことわざが4つ位と、金子みすずの「ふしぎ」という短い詩が目に入った。

ふしぎ
                  

 
金子みすず


          わたしはふしぎでたまらない、
          黒い雲からふる雨が、
          銀にひかっていることが。


          わたしはふしぎでたまらない、
          青いくわの葉たべている、
          かいこが白くなることが。



          わたしはふしぎでたまらない、
          たれもいじらぬ夕顔が、
          ひとりでぱらりと開くのが。
 


          わたしはふしぎでたまらない、
          たれにきいてもわらってて、
          あたりまえだ、ということが。


この小さな詩は、きっと子どもたちの心に残るだろう。
感性の鋭さ、純粋さ、繊細さ、みずみずしさがある。


 当たり前のことを不思議と思う自然現象への観察力のするど
さ、あるいは、生物の生命力へのおどろき、いとおしさ、やさしさ、あたた
かさがある。



posted by 花井英男 at 16:04| 宗教

2017年09月22日

奈良への旅行

奈良への旅行



9月中旬に、家内と、法隆寺、唐招提寺へ旅行をした。大和路への旅行をしたいと思ったのは、日本への仏教の伝来に関心を持ったから。

日本の仏教の歴史は、6世紀にはじまる。538年、欽明天皇の朝廷に百済の王が、使臣をもって仏像、経巻を献じたのが始まりだと言われている。


法隆寺の建立(607)、東大寺の建立(752)、唐招提寺(759)に至る時代に焦点があてられる。

鑑真誕生から、渡航、日本での活躍、死去までの経過は次の通り。

鑑真誕生(688)、
鑑真渡日を決意(742)

密告を受け、第1次渡航失敗、第2次渡航計画するが出帆後失敗(743)、
栄叡(ようえい)、捕えられ、第3次渡航失敗(744)、

天台山巡礼を口実とする出帆する第4次渡航失敗(744)、
遭難して海南島に漂着、第5次渡航失敗、広州に向かう(749)、
華南から揚州への帰路、失明(750)、

10月、遣唐使に揚州で来日を要請され、11月、蘇州から出帆、沖縄を経て、
12月、秋妻屋の浦(鹿児島)に到着、大宰府に入る。(753)

2月入京、3月、授戒一任の勅を受ける。4月、聖武天皇夫妻、孝謙天皇に授戒。(754)
東大寺に戒壇院が完成。(755)

唐招提寺建立(759)
弟子の忍基ら、肖像を作る、(763)
5月6日没(763)


この頃、中国でも、西域でも、インドでも南海の国々でも知的、宗教的、芸術的活動が力強く営まれていた。新しい日本文化の動きが、このアジアでの文化の潮に大きく影響を受けた。


長い間、未開の状態であった日本は、百済との交流、遣隋使、遣唐使による中国との交流が盛んに行われた。渡来人の働きが、飛鳥、奈良時代において大きな役割を果たした。

鑑真和上の日本への渡来は、感動的な出来事と私には思われる。唐招提寺の御影堂の障壁画に関わって、東山魁夷の10余年にわたる制作過程には、鑑真和上の研究が含まれる。

井上靖が、「天平の甍」に、鑑真研究の成果が盛り込んだと言われている。
鑑真和上の研究書は、東野治之著「鑑真」 岩波新書が詳しい。


今回の旅行は、全体的に、ジパングを使い、JRを利用した。
初日は、JR「法隆寺」駅からバスで法隆寺へ行った。広大な古い土塀に囲まれた法隆寺の境内にまず圧倒された。

工事中の所もあった。五重塔の中の粘土による仏陀の生涯のエピソードの像が印象的だった。
7世紀初めの頃に、こんな仏像制作が良くできたものだ。建築にしてもこれだけの技術があったのだ。エンタシスの柱は有名だ。渡来人の活躍があった。ボランティアのおじいさんが丁寧に写真を見せて話をしてくれた。

修学旅行の子ども達が、次から次へとガイドに導かれ歩いていた。
お昼の弁当は、大阪駅で買った懐かしい「柿の葉寿司」だ。


宿は、近鉄奈良駅の近くの旅館に泊まった。朝食付きの安い宿だ。商店街をぶらついて、奈良漬けを土産に買った。


JR奈良駅も近鉄奈良駅も、奈良公園付近も懐かしい。奈良教育大学大学院に1年間通ったので、奈良は懐かしい。興福寺の境内をぶらついた。鹿のふんがあちこちにあり、歩くときに注意をする。



2日目は、早朝から、唐招提寺にバスで出かけた。西ノ京唐招提寺。
鑑真が3種類の蓮を持参したという、その蓮が今も咲いているという。蓮の手入れを坊さんたちがしているという。鑑真が仏教を本格的に伝えたと考えられる。井上靖の小説はまだ読んでいない。当時の様子が丹念に書かれているという。ぎっしりと活字の詰まった内容で、読むのが大変だ。


雨の中の唐招提寺だった。しっとりとしていた。早朝だったので、人影も少なかった。芭蕉の句碑はどこですかと、掃除をしている人に聞くと、地図を首にぶら下げていて、親切に教えてくれた。法隆寺と比べて、唐招提寺は、森の中にあるお寺だ。蓮の池があった。数十種類の鉢植えの蓮もあった。


「古寺巡礼奈良8 唐招提寺」の本を買った。俳優の滝田栄、唐招提寺執事長、研究者・東野治之など著名人の執筆の文章が載っている。

帰りにバス停の近くにある酒店で、「天平に甍」という地元の酒を購入した。
台風が接近しているがまだ大丈夫だ。




posted by 花井英男 at 10:13| 旅行

2017年09月04日

USPT 研究会ワークショップに参加して

福岡のUSPT研究会ワークショップに参加して

第3回USPT研究会ワークショップ
日程 2017年9月3日(日)9:20―16:30

会場 サンレイクかすや(福岡県)
福岡県糟屋郡粕屋町駕与町1丁目6−1

JR 長者原駅  (JR博多よりアクセス良好) 
会費 7000円(ランチ懇親会を含む税込額)


ワークショップ・プログラム

第1部USPTの基本

クライアントへの説明モデル
小栗康平先生の講義―USPTの基礎

症例報告

T 「30代後半、主婦の不安障害」    花井英男

U 「USPTを用いて1回で統合に至った内在性解離の事例
    〜年齢退行法、悲嘆療法が適用できない場合の対処法として〜」   十寺智子

V「USPTを用いた解離性同一性障害の治療ー人格統合までの9回の外来診療」   新谷宏伸


ロールプレイ&ペアで実技演習@


ランチ懇親会
会場にてお弁当を用意



第2部 USPTの実践

デモンストレーション 十寺智子先生

ペアで実技演習A(各自がスクリプトをもとにUSPTを行う。講師は随時指導)
実技に関する質疑応答

第3部 USPT 総合討論・質疑

パネルディスカッション
質疑応答&まとめ



前日に私は、JR篠栗(ささぐり)駅の前にあるお遍路の旅館に泊まった。
駅の正面には、樹木に囲まれた、弘法大師千百五十年御遠忌記念の石の大きな記念碑がある。
宿の女主人に、なぜここに、お遍路があるのか聞いた。


愛知にも知多に四国参拝があることを話した。女主人は、日本には、3つあるという。「愛知には宿はあるか」と聞いた。

私の知っていることを話した。「宿はありません。愛知では、名鉄という鉄道会社が、1年に何度か、参拝を企画し、数千人の人がその日に蟻の列の様に歩き、参拝します。」
興味深く聞いておられた。


笹栗町の観光パンフレット「笹栗  漫遊紀行」のパンフには、空海が唐から帰り、ここに滞在した経緯が出ている。
「篠栗四国は、小豆島四国、知多四国と並んで日本三大新四国として有名である。」

「広大な景勝地の中に八十八か所の札所があり、こころの安らぎを求めて、全国から百万人を超える参拝されます。もともと、笹栗は、唐から帰朝した空海(弘法大師)が修法した霊験あらたかな土地。」

「天保6年(1835年)同地に立ち寄った尼僧慈忍が、八十八か所の創設を発願したのが、笹栗霊場の始まりです。その後を継いだ篤信者藤木藤助翁が苦心を重ねたうえ、嘉永七年(1854年)ようやく笹栗八十八か所の形態が整えられました。」


歴史上、次のように記述されている。遣唐使として中国に空海がいき、唐から帰国した場所が笹栗であった。
「大同元年(806年)10月、空海は無事、博多津に帰着。呉服町に東長寺を開基し、大宰府に滞在する。」

今では、九州各地、山口県など中国地方、奈良など近畿地方、愛媛など中国地方から霊場に参拝に来るという。

篠栗四国八十八箇所(ささぐりしこくはちじゅうはちかしょ)とは、福岡県糟屋郡篠栗町にある、空海(弘法大師)を拝する88か所の霊場の総称。

私は、近くの小さなお寺・本明院(33番)に夕食前に訪れた。地元の人たちに支えられている感じだ。
参拝者のために、土地を提供したという記念碑が立っていた。
笹栗の歴史を垣間見た。宿の主人は、お寺は、真言宗であると言われた。


さて本題の、USPT研究会のワークショップは、大成功だったと思う。

9時に会場に行き、準備に参加した。素晴らしい会場だった。
ここで開催するにあたって、理事の知り合いの方の会場設営、準備などがあった。


地元、福岡、佐賀、熊本、鹿児島、四国の愛媛、兵庫、京都、遠くは、札幌からの参加者もいた。
医師と、臨床心理士が半々くらいの参加であった。看護婦、助産婦、ヒプノセラピストも参加した。

理事長の新谷宏伸先生、理事の小栗康平先生と十寺智子先生の準備に大きくお世話になっていると思った。

練習用スクリプト、資料の中身が充実している。
小栗先生に聞けば、新谷先生と原稿の内容を相当練り上げたとのこと。大変勉強になる内容です。有難うございます。


私が一番今回の内容で勉強になったもののひとつは、十寺先生の、デモンスとレーションである。

クライアント役を引き受けた臨床心理士の青年のセッションにおいて、難しい怒りの処理を見事にやってのけた。

小栗先生の講義も、シンプルにして要を得た内容に感じた。生意気なことを申し上げてすみません。


理事長の新谷先生は、事務局長的仕事から、研究内容まですべてに気を配って頂き、恐縮しています。
参加者の質問に新谷先生と十寺先生が積極的に答えられていた。

今回、ランチ懇親会を開き、理事と参加者同士の親睦を図ったことは素晴らしい企画だったと思います。

更に、最後に参加者全員に一言ずつ感想・質問をして頂き、双方向に対話が出来たことは画期的だった。

皆さん、参加してよかったという意見だった。
京都の精神科医・理事の宮地先生と隣同士に座りお話が出来た。

EMDRの会員の原賀さん、矢野さんと話が出来た。
矢野さんが九大の大学院博士課程でOCDについて博士論文を書くと教えてくれた。

中国人の王さんは、九大大学院の博士課程で解離のテーマで研究中だと教えてくれた。
USPTの会員は随分増えた。2百名になった。

6月に名古屋の国際会議場にて開催された、日本精神神経学会において、USPTのシンポジュームを新谷宏伸先生たちが開催された。200名以上の参加者がいた。そのことで、医師にUSPTが広く知られるようになった。
医師、臨床心理士に広く知られて、内容がますます発展していくことを祈ります。






posted by 花井英男 at 16:03| USPT研究会